パネルディスカッション「新しい『原子力学』の確立を目指して」
日時:1999年9月10日
場所:新潟工科大学 日本原子力学会秋の大会G会場
テーマ:社会・環境部会の使命と課題 − 新しい『原子力学』の確立を目指して
座長:金子熊夫先生(東海大学平和戦略国際研究所教授、運営委員)
新しい「原子力学」「原子力政策学」「総合的原子力学」の枠組み
パネリスト(50音順、敬称略)
出澤正人(東京電力柏崎刈羽原子力発電所長)
冒頭発言要旨
伊東慶四郎(政策科学研究所主席研究員) 冒頭発言要旨
大山耕輔(慶応大学法学部助教授) 冒頭発言要旨
神田啓治(京都大学エネルギー研究科教授、運営委員) 冒頭発言要旨
国吉浩(通産省資源エネルギー庁企画官) 冒頭発言要旨
田中靖政(学習院大学法学部教授、運営委員) 冒頭発言要旨
谷口富裕(東京大学工学系研究科客員教授) 冒頭発言要旨
議事概要
#以下はパネリストの一人である(財)政策科学研究所の伊東慶四郎氏が同研究所内ニュースに掲載したものであり、他のパネリストの意見をとりいれたものではないが、大変要領よく 議事の概要がまとめられているので、とくに同氏の了解を得て、ここに全文を掲載する。今後、各パネリストにより随所に追加、修正等が加えられる可能性も残されているので、予めお含み置き願いたい。
日本原子力学会「社会・環境部会」の活動に期待する
−社会・環境部会の使命と課題:新しい原子力学の確立を目指して−
日本原子力学会は、本年春の年会において、新たに社会環境部会の設置を決定した。この部会の設置趣旨によれば、その狙いは、我が国における原子力開発・利用の位置づけとその在り方の再構築を目指し、広く技術論・文明論の観点から、また、政治学・経済学・法学・社会学・国際関係学等の面から俯瞰的な学術研究を展開し、21世紀における科学技術としての原子力と社会との関係の在り方を解明していく点におかれている。
この部会は、戦後、半世紀近く工学・理学系の学会として活動してきた原子力学会においては異色の存在ともいえ、今後、どのように活動を展開していくかが注目される。ちなみに、同学会の既設部会をみてみると、基本は、炉物理・核融合・核燃料・放射性廃棄物・加速器/ビーム科学・ヒューマンマシンシステム・放射線工学等の主に工学・理学系部会から構成され、活動の基本が原子力に係わる工学・理学系研究の交流におかれていることがわかる。それだけに、人文・社会科学系も含めた俯瞰的アプローチに基づく研究活動が、今後、同学会においてどのように展開され、いかに根付いていくかは、今後の専門学会の先駆的試行の一つとして注目に値する。
本報告では、この社会環境部会が最近開催したパネルディスカッションに筆者もパネリストとして参加する機会を得たので、その概要を紹介する。
○パネルディスカッションのタイトルと参加者
このパネルディスカッションは、同部会創設後最初のメイン・イヴェントとして特に企画されたもので、本年9月の日本原子力学会秋大会(柏崎市・新潟工科大学にて)の一環として、「社会・環境部会の使命と課題:新しい『原子力学』の確立を目指して」という甚だ意欲的かつ刺激的なタイトルの下に、終始活発な議論が展開された。会場には、学会員のほかに、柏崎市を始めとする近隣市町村の関係者や一般市民もオブザーバーとして多数出席した。パネルの座長は、長年、原子力外交に携わってこられた金子熊夫(東海大学平和戦略国際研究所教授)、パネリスト(50音順)は、出澤正人(柏崎刈羽原子力発電所所長)、大山耕輔(慶応義塾大学助教授)、神田啓治(京都大学教授)、国吉浩(資源エネルギー庁企画官)、田中靖政(学習院大学教授)、谷口富裕(東京大学客員教授)の諸氏と筆者の7人であった。
○提起された原子力問題の諸相
本パネルでは、まず、社会・環境的側面からみた原子力開発・利用の諸相について、次のような問題点や課題が個別に提起された。
@原子力利用を社会が受け入れる最後の拠り所は、それを支えている専門家の知的基盤への信頼にあるが、我が国における原子力関連の学問的実績は狭義の技術分野以外では極めて少ない。社会の健全な意思決定を支援するためにも、人文・社会科学面での俯瞰的な学術研究や政策研究の振興が喫緊の課題となってきている。
A原子力利用にあたっては、市場で決まる部分とエネルギー政策プロセスで決まる部分とがある。これまで後者の政策プロセスはテクノクラートが中心となって進めてきたが、今後は、利用者である公衆の影響力が強くなり、アカウンタビリティ(説明責任)が厳しく問われるようになる。
B原子力発電所における軽微なトラブルも含む徹底した情報公開と、反対派等の情宣による一般住民の方々の不安感の高まりとの間の悪循環を絶つためには、信頼される中立的な第三者機関による安全評価が不可欠になってきている。また、現状では、原子力安全に関する教育が不十分であり、子供の科学する心を大切にしたエネルギー・原子力教育の推進が求められてきている。
C原子力は、市場論(将来のエネルギー源間競争力)、資源論(エネルギー安全保障)、環境論(原子力や火力の廃棄物対策、再生可能エネも含めた総合推進方策の検討)の3つの側面から、国民に対する説明責任を果たしていく必要がある。
D原子力は、エネルギー・セキュリティなど国の政策によって大きく左右され、地域にとっては、事故への不安や地域振興への期待など特別の意味を持った存在である。また、軍事転用の恐れがあるため、核不拡散・保障措置、貿易管理、核物質防護(核ジャック対策)等の安全保障面でのハードな管理が不可欠な技術である。
E今後、原子力開発の基本理念については、従来の1国エネルギー・セキュリティ論から、持続可能な発展とエネルギー・環境安全保障を理念とした「人類社会の安全保障(Global
Human Security)」論へと、その再定義作業を進めていくことが望まれる。なお、ここでの再定義作業にあたっては、世代間/南北間の公平性の確保、地球環境リスク等への予防原理的対応と危機管理枠組みの確立、エネルギー市場における経済活動規範の競争(代替)から共生(補完)へのシフト(総力戦時代への対応)、各国・各民族の文化的多様性の尊重、人権の擁護と民主化の推進など、国際社会の新たな倫理規範や政治規範面からみた検討が重要な課題となる。
○原子力学の確立に向けた基本スタンス
また、新しい原子力学の確立に向けた基本スタンスとしては、「今何故原子力学の検討が必要なのか」、「原子力学は何を問い、どこまで応えうるのか」、「新しい学としてその地平をいかに切り開いていくか」といった基本的な問いについて、十分議論を尽くし関係者の知恵を結集することが、そしてアカデミズムや社会で理解され信頼されることが、まず何よりも大切であるとの指摘があった。特に、現実的観点から見た場合、@体系化や整合化を急ぐより実践性を重視し、各人が関与する現場で積極的な試行錯誤を積み重ね、段階的発展を目指すこと、A技術と社会の接面における橋渡しを重視し、個々の技術的社会的要素を超えた統合的アプローチを試みること、B究極的には、新たなパラダイムの構築を目指し、総合化の哲学や原理の検討を深めることが必要であるとの指摘があった。
○新しい「原子力学」形成の方向
一方、新しい原子力学形成の方向に関しては、戦後、工学偏重・片肺飛行できた我が国の原子力学を、チェック&バランス機能を内包し、人類社会の持続可能な発展にも資する総合的な学術として再建していく必要性が提起された。特に、従来の工学や理学を主体とした「原子力工学」に対し、社会・人文科学や医学等をベースとした「原子力政策学」を新たに創設すること、そして、この政策学は次のような課題の検討に重点をおきつつ、俯瞰的かつ総合政策的な学術研究分野として発展させていくことが期待されるとの指摘があった。
?我が国の社会・国家目標やグローバルなエネルギー・環境安全保障面からみた原子力開発・利用ニーズの明確化、エネルギー研究開発戦略の策定支援やその評価枠組みの検討。
?原子力利用の社会的受容性の改善や科学技術のリスク・マネジメント面から見た新たな知の枠組みや知識ベースの創設と、危機管理を含む新たな信頼醸成枠組みの構築に向けた学術研究や政策研究の展開。特に、不確実で価値観が対立するリスクをめぐる社会的判断形成枠組みの在り方や、原子力リスクの再評価とコミュニケーションに重点をおいた研究の展開。
?原子力の開発・利用における民主制と専門性の調和が可能な、新たな制度的枠組みや公衆参加手続きの創設。特に、説明責任と情報公開、政府活動審査、市民の参加や熟慮の機会、第三者機関による安全規制と審査及び立地事前許可手続き等への対応。
○「原子力政策学」の主な研究領域
このような原子力政策学がその研究対象として取り上げるべき主な領域としては、次の8領域が提案された。@エネルギー・原子力政策史:日米欧主要国の歴史的・地政学的比較分析、A社会・国家目標の検討と日本・アジア・世界のエネルギー需給等の将来展望、B安全保障と国際協力:冷戦の負の遺産処理と人間的安全保障の枠組みづくり、?C社会心理とリスク管理:リスクサイエンスの振興と危機管理等信頼醸成の枠組みづくり、D主主義とガバナンス:制度的枠組みと手続きの改革?正当性と妥当性の確保、E市場原理と環境保護:市場への環境外部コストの内部化、F環境・資源制約と技術革新:持続可能なエネルギー・ミックスの実現、Gエネルギー・環境教育:教育政策・プログラムのレビューと再形成及びその実践
これらは、俯瞰的な学術研究や戦略研究の展開、あるいは行動規範の根拠を提供するような新たな学術の構築など、日本学術会議が提唱している21世紀の我が国が、また世界が必要とする典型的な新規学術研究領域としての要件を備えているため、今後、その多角的な展開が期待される。
○む す び
これら原子力政策学が担うべき課題やその展開領域によれば、社会・環境部会の主な使命は、科学技術としての原子力と社会が共存・共進化していくために必要な、新たなガバナンスの枠組みやその知識ベースの創設、さらにその基礎となる新たな価値規範や行動規範の探求に貢献していく点にあるのではないだろうか。
現在、我が国では、深刻なJCO臨界事故を契機として、産業界におけるニュークリア・セーフティ・ネットワーク(仮称)の創設や国の原子力災害対策特別措置法の制定など、「原子力のガバナンス」の在り方が急速に変容しつつある。このガバナンス問題の根底には、今後、我が国が切り開いていかなければならない限りない「政策知のフロンティア」が広がっている。これらの学術研究や政策研究に興味をお持ちの方は、一度、本部会のホームページにアクセスされ、その活動に参加されるようお勧めする(http://picasso.q.t.u-tokyo.ac.jp/sed/main.html)。