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技術倫理

3.技術と社会

3章 技術と社会
3.1 かわる「技術」と「社会」の関係
3.2 なにが問題なんだろう。何が困るんだろう?


3.1 かわる「技術」と「社会」の関係
現代社会においては「技術」と「社会」の関係がそれまでの時代とは大きく異なってきていることが、前節に述べた技術における倫理の必要性を増大させています。

現代社会では、技術の影響が極めて大きくなりました。我々の日常生活は様々な技術のネットワークで支えられており、それらに部分的であってもトラブルが生じた場合には、大きな不便に直面せざるを得ません。社会が大きく技術に依存しているというこの状況を「社会の技術化」と呼ぶ研究者もいます。簡単に言えば技術の、そして技術者の社会的影響力は過去のどの時点に比べても確実に大きくなっているのです。アルフレッド・ノーベルは自分の発明したダイナマイトの影響に苦悩しましたが、マンハッタン計画に従事したオッペンハイマーを始めとする多くの技術者は、ノーベルと比べてはるかに大きな影響を世界に及ぼしたことに苦悩しました。現在、技術者個人ではなく、技術をよりどころとする組織を対象として眺めれば、影響力はさらに巨大なものになっています。

一方これに対して、技術が大規模化、分散化、ネットワーク化しており、その全貌を一目で見渡すことは専門家にとってさえ困難になっているという状況もまた、技術と社会の関係に大きな影響を与えています。特定の技術―たとえば「原子力」に関して、社会との間で全責任を持つことができる個人は見い出し難くなったでしょう。インターネットのもたらした社会的マイナス要素について考えてみても、責めるべき対象技術者の特定など全くできないと思いませんか。地球の温暖化や化学物質による海洋汚染についても事情は同様です。このような状況を「技術の社会化」という言い方で特徴付ける場合もあります。このような状況下にあって、社会が技術者ならびに技術組織に対して、レベルの高い行動規範を期待することはきわめて自然ではないでしょうか。

3.2 なにが問題なんだろう。何が困るんだろう?
つまり、技術者側は社会の期待に背かない答えを探さなければなければなりません。しかし2-2 で述べたようにその答えを見い出すことは簡単ではないのです。しかもその困難のタイプには様々な類型があって、解決策を探索する方向も1つではありません。

まず技術者個人レベルでしばしば直面するミクロレベルの問題は、最近顕在化した不祥祥事の典型的な原因の1つとなっている日本社会が抱える組織的硬直性への対処の難かしさです。組織が要求する効率化とか業績向上の要求に対して、環境への影響や事故のリスクなどに懸念を感じた技術者がどこまでどのように自説を主張できるという問題は、技術倫理の典型的な課題です。個々の企業が抱える問題にもミクロレベルの問題はあります。規模の小さい下請け会社が、発注元企業からの納期短縮の要求に対して、仕事の品質を守りながら対応する際に現場の安全が軽視されそうになるという状況も、現実に生じている困難状況です。

これに対して、もっとスケールの大きいマクロレベルの問題もあります。科学技術の急速な発展に起因した地球規模の問題、即ち地球温暖化や海洋汚染への対応、核不拡散問題などです。特定の技術が先進国と開発途上国の経済格差や資源利用の機会格差を拡大させていないか、あるいは、先進国では開発や利用が禁止されている化学物質が開発途上国を経済的に発展させるという名目の下に使われていないかといった問題も倫理に密接に関連しています。

これらいずれの問題も、明快な解決策などを容易に見い出すことは不可能でしょう。しかしだからといってなりゆきに任せていたのでは、解決はますます困難になるばかりです。問題の本質と倫理的規範とをしっかり視野に入れた有効な解決方策を見い出し実施してゆく積極的な姿勢も、社会は技術者や技術担当組織に期待しているのです。

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