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技術倫理

2.職業と倫理

2章 職業と倫理って?
2.1 倫理が必要とされてきた職業
2.2 なんで技術に「倫理」なんだろう


2.1 倫理が必要とされてきた職業
ここまで記してきた内容は倫理一般についてのものでした。しかしここからは技術倫理または技術者倫理を話題にすることとします。

いくつかの職業従事者は、その職務を遂行する場において、普通の人間が経験するのとは異種類の価値判断を要求されます。その典型的な例は弁護士や医師でしょう。
弁護士は、一般人の目線から見れば憎むべき行為を行ったことが確実な容疑者に対しても、なるべく重い罰を受けないように努力する立場に身を置くことがあります。被害者の気持ちを思いやる一般人の心や正義感は逆なでしてでも、加害者の権利を守るわけです。
医師は、患者の闘病意欲を損なわないために、真実の一部を隠蔽して告知することもあるでしょう。偽りを語ってはいけないという一般社会での規範にあえて逆らうわけです。

つまりこれらの職業従事者は、一般人が普通の社会生活をしている状況でなら問題にならないようなジレンマに直面しつつ、「倫理的」に問題解決を図らねばならない能力を要求されるのです。

2.2 なんで技術に「倫理」なんだろう
専門家として一般人が経験しないようなジレンマに直面する可能性は技術者にとっても少なくありません。

第2次大戦後の日本において土木技術者は、国土復興の掛け声に後押しされて、何の疑いもなくたとえば電源開発というような大規模な土木工事に従事してきました。しかし1970年以降、今では環境の保全に無関心な土木技術者はいないでしょう。しかしここで「環境の保全」と言ってもその意味するところは多岐にわたります。自然の景観を大事にすること、絶滅が心配される生物種の生活環境を守ること、ある地域住民にとって宗教的に意味がある場を保存することなども要求されます。しかしこれらすべての要求に応じつつ大規模なダム建設をすることなどは、しばしば極めて困難でもあります。言い換えれば、このように多岐にわたる難しい要請に向き合って、より望ましい回答を探索していくことが技術者には要求されているのです。

我が国の原子力技術者は、自分が従事している技術開発の内容が、いかに興味深いものであっても社会に重大な危険をもたらすものであれば、異議申し立てをすることが期待されています。ましてそれが核兵器の開発につながるものであるなら、何らかの抵抗手段をとるべきことはいうまでもありません。しかし、話はそれほど単純ではないのです。ある元素の核反応断面積を測定するという一見すると純科学的な研究の成果が、実際には軍事技術開発に利用されることなどはありうる話です。技術研究者がどこまでを自己の責任範囲として自覚を持って研究に従事すべきであるかという検討すべき重い内容を含んでいます。

さらに重要な社会的期待として、技術者が高い道徳水準に裏づけされた行動を取るべきことが挙げられます。土木技術者の例で言えば、特定の工事方式を採用すれば、絶滅に瀕している生物種の生存に障害となる影響(たとえば水質悪化など)が起こる可能性に気づきながら、ミクロな視点での考えるコストの優位性を守るためにそれを無視したらどうなるでしょう。環境は取り返しのつかない影響を受けることになります。工期を守るためと称して水増しコンクリートを用いた施工をするなどの行為も、ある時間経過後に社会に大きな危険を及ぼすことになるでしょう。技術と倫理のかかわりは、現代において目をそらすことの出来ない大きさを持っているのです。

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