学生とシニアの対話
in三重大学2023年度 報告書
日本原子力学会シニアネットワーク連絡会(SNW) 世話役 早野睦彦
報告書作成 早野睦彦
原子力利用の推進の是非をテーマにしたディベート学習の初の試み
今回の基調講演は、最近話題の処理水のトリチウムに関する内容を含めて「放射線計測とトリチウム問題」をテーマとした。対話は初の試みとして「今後日本において原子力の利用を推進すべきか否か」をテーマにディベート(立論、反対尋問、反駁、最終弁論)学習を行った。今回、事前質問はないがディベートの立論に備えての事前勉強を行っている。学生は2グループに分かれ、各グループで推進派と反対派に分かれてディベートする。シニアは推進派と反対派にわかれて学生へ助言をする進め方とした。なお、ChatGPTやネット情報を使って良いこととしている。(但し、内容を理解した上での利用)積極的に発言する学生が多く大いに盛り上がったが、時間が限られていたこと、テーマが様々な課題に関わることから深堀には至らなかった。今後の参考となる対話会であった。
1.講演と対話会の概要
(1)日時
- 基調講演:令和5年11月27日(月) 16:20~17:50(対面)
- 対話会:令和5年11月27日(月) 18:00~19:30(対面)
(2)場所
- 三重大学 教育学部 技術棟2階 2階 電気実習室を中心に4部屋を利用
(3)参加者
- 大学側世話役の先生
松岡守特任教授 三重大学 教育学部 技術・ものづくり教育講座
- 参加学生:12名(学部4年生、3年生、2年生から成る)
技術・ものづくり教育コースの学生7名(学部2年生)及びゼミ生5名(学部2~4年生)
- 参加シニア:2グループ、4名
坪谷隆夫、井口哲夫、田辺博三、早野睦彦
(4)基調講演
- テーマ
-
- 放射線計測とトリチウム問題
- 講師
- 井口哲夫
- 講演概要
- 放射線計測技術全般について超入門的に概観し、それらの技術が福島原発第一からのトリチウム(ALPS処理)水の海洋放出でどのように関わっているかを紹介した。
- 1)放射線計測の超高速入門
- 放射線検出原理
- 放射線検出器の性能指標
- 放射線検出システムの基礎の基礎
- 放射線測定データの基本的取り扱い
- 2)福島原発第一からのトリチウム(ALPS処理)水測定
- トリチウムの性質
- 液体シンチレーションカウンター
- トリチウム分析試料の調整法(迅速測定に向けて)
- 環境中(人体を含む)のトリチウムの現況
(5)対話会概要
- 初の試みとして対話は「今後日本において原子力の利用を推進すべきか否か」をテーマにディベート(立論、反対尋問、反駁、最終弁論)学習を行った。
- ディベートは学生12名を2グループに分け、各グループで推進派3名、反対派3名を構成する。シニア4名は各グループの推進派、反対派に分かれて討論には参加せず、陰で助言する。なお、立論にあたっては事前に学生が準備しておくこととし、その準備(当日の反駁等の際も含む)にネット情報やChatGPTを使用しても構わない。但し、その内容を咀嚼した上での利用とする。
- 参加シニアはディベートは初めてであり,学生も不慣れな人もいたようであったが、学生はとても活発に発言していた。普段の対話会はシニアと学生の対話となるが、今回は学生同士の対話となるので積極的に発言して楽しんでいるのが感じられた。ただ、立論、反対尋問までは事前準備の範囲として事前想定内の議論であったが、反駁以降は当初の繰り返しとなって深堀には至らなかった。しかしシニアが黒子になって学生が活発な議論を行うという点でも、ディベートは良い試みであると感じた次第である。
2.対話会の詳細
(1) Aグループ
1) 参加者
学部学生6名(賛成派3名、反対派3名)
シニア 井口哲夫(賛成派助言)、田辺博三(反対派助言)
2) 主な発言内容
立論 賛成派 原子力発電(原発)は以下のメリットがあるので推進すべきである。
-
・エネルギー安定供給
-
・CO2を出さない
-
・クリーンなエネルギー
-
・石炭資源は有限
-
・安全性が向上
立論 反対派 原子力発電(原発)は以下のメリットがあるので推進すべきでない。
-
・安全性が心配
-
・社会が受け入れていない
-
・廃棄物の行き先がない
反対尋問 賛成派 反対派の立論に対して以下の尋問を行った。
-
・安全性が心配→福島事故前は事故の確率は1万年に1回だったが対策の結果10万年に1回に低減
-
・社会が受け入れていない→適切な情報提供により受け入れを進める必要がある
-
・社会の賛同が得られたらOKか?
-
・廃棄物の行き先がない→多重バリアで閉じ込めるので大丈夫
反対尋問 反対派 賛成派の立論に対して以下の尋問を行った。
-
・エネルギー安定供給→再エネでは出来ないのか?
-
・クリーンなエネルギー→核のゴミが出るのではないか?
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・安全性が向上→テロのターゲットになったらどうするのか?安全性は確実か?活断層は全て見つかるのか?
反駁 賛成派 尋問結果を踏まえて以下の反駁を行った。
-
・エネルギー安定供給→再エネは天候に左右される
-
・クリーンなエネルギー→再エネは環境破壊する
-
・安全性が向上→福島事故前は事故の確率は1万年に1回だったが対策の結果10万年に1回に低減されたので問題ないと考えた。テロの対策施設、自衛隊による防護などがある
反駁 反対派 尋問結果を踏まえて以下の反駁を行った。
-
・安全性が向上→事故が起きた時の被害が大きい
-
・社会が受け入れていないが、賛同が得られたらOK
最終弁論 賛成派
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・安全性は向上した
-
・処分場は決まっていないが文献調査は行っている
-
・賛同を得て行っていきたい
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・リスク低減には常に取り組んでいる
最終弁論 反対派
-
・テロで核爆弾が落とされたら安全性は確保できない
-
・安全性が向上したとしても、事故が起きた時の被害が大きい
-
・処分方法は決めているが処分場がない
(2) Bグループ
1) 参加者
学部学生6名(賛成派3名、反対派3名)
シニア 早野睦彦(賛成派助言)、坪谷隆夫(反対派助言)
2) 主な発言内容
立論 賛成派 原子力発電(原発)は以下のメリットがあるので推進すべきである。
-
・CO2を出さない
-
・燃料資源の安定供給
-
・燃料再利用で持続可能
-
・災害耐性が強い
立論 反対派 原子力発電(原発)は以下のメリットがあるので推進すべきでない。
-
・廃棄物の行き先がない
-
・原発の建設コストが膨大
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・発電所は効率的に運転できていない
反対尋問 賛成派 反対派の立論に対して以下の尋問を行った。
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・幌延等での研究で廃棄物の安全性は検証されている
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・建設コストは大きいが長期運転により発電コストは安い
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・事故を踏まえて原発はより安全になった。(浜岡の防波壁)
反対尋問 反対派 賛成派の立論に対して以下の尋問を行った。
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・再エネで持続可能性は可能
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・再エネのコストはどんどん下がっている
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・原子力災害による被害規模は大きすぎる
反駁 賛成派 尋問結果を踏まえて以下の反駁を行った。
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・再エネは天候に左右され電力の安定供給は叶わない
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・原発は効率が良い
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・原発は再処理できるので持続可能性がある
反駁 反対派 尋問結果を踏まえて以下の反駁を行った。
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・廃棄物の安全性根拠(大深度、安定層)は納得できない
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・原発の安全性は被害が大きいだけにやはり心配
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・原発再稼働も十分でないし、六ケ所も動いていない
最終弁論 賛成派 結局元に戻って
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・燃料資源の安定供給
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・燃料再利用で持続可能
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・災害耐性が強くなった
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・運転コストも安い
最終弁論 反対派 結局元に戻って
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・廃棄物の行き先が心配
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・原発事故の影響が大きいので心配
3. 講評及び閉会挨拶(坪谷隆夫)
井口先生の基調講演に続き、松岡先生のご指導で生成系AIを利用してディベート学習を実施しました。シニアも生成系AIの利用やディベート学習になれていませんので、皆さんとともに学ぶことができ、楽しい時間でした。
大学を卒業後、ディベート授業を教育の現場で実践されると思いますが、そのような授業でも多様な意見がある原子力は適切なテーマだと思います。これからも原子力問題に関心を持ち続けられることを願い、閉会のご挨拶と致します。
4. 学生アンケート結果の概要
(1)参加学生について
三重大学 教育学部 技術・ものづくり教育講座7名とゼミ生5名の12名が対話会に参加。
参加学生のうち9名が回答。回収率は75%。ただし設問毎の回答数には幅があったため以下のパーセントは各設問毎の回答数を分母とした割合を表している。
学生7名が理系。2名が文系。全員原子力系専攻以外。
進路は8名が就職、1名が進学を希望。
(2)対話会について
今回は、基調講演「「放射線計測とトリチウム問題について」(井口氏)と、通常の対話に代えて「今後日本において原子力の利用を推進すべきか否か」をテーマとして賛成派、反対派に分かれてディベートを行った。
基調講演の満足度は「とても満足」、「ある程度満足」が合わせて71%。やや不満が29%。やや不満の主な理由(複数回答可)は内容が難しかった、説明が分かり難かった、であった。今回の講演内容が特に文系の学生の学びとやや乖離していたようであり、今後は事前に指導教官とすり合わせるなどの工夫が必要と思われる。
ディベートの満足度は「とても満足」、「ある程度満足」が合わせて89%。「やや不満」が11%。「やや不満」の理由はディベート内容が難しかった、であったものの、全員が十分もしくはある程度ディベートが出来た、と感じており、ディベートを行うことに満足したようであり、今後の展開に期待が持てる。
対話会の必要性は「非常にある」、「ややある」が合わせて100%。ネガティブな意見は特になかった。
(3)意識調査について
放射線・放射能については、「一定のレベルまでは恐れる必要はない」が89%、11%が「量(レベル)に関係なく怖い」であった。「有用であることを知っている」は100%であった。
原子力発電については、「将来に向け、新増設、リプレースを進めるベき」が44%、「必要性を認識しており再稼働を進めるべき」が33%、「2030年目標を達成すべき」が11%と大半が肯定的であったが、11%は「危険だから、早期に削減または撤退すべき」と回答した。
再エネ発電については、「環境にやさしく拡大すべき」が最も大きく56%、次いで「天候に左右されるので利用抑制すべき」が33%であった。
カーボンニュートラルとエネルギーについては、「地球温暖化や脱炭素社会の実現の関心」は全ての学生が「大いにある」、あるいは「少しある」と回答した。「興味や関心があるのはどの項目でしょうか?(複数回答可)」については幅広く関心を示した。「日本の2050年脱炭素化社会の実現可能性について」は、「相当いいところまで到達する」が最も大きく67%であり、「実現するとは思えない」が33%であった。「脱炭素に向けた電源の在り方」については、「化石燃料発電を最小とし原子力発電と再エネ発電の組み合わせが望ましい」が56%、次いで「原子力発電、再エネ発電、化石燃料発電をバランスよく組み合わせることが望ましい」が44%、であった。
高レベル廃棄物の最終処分については、「関心が少しある」が56%、次いで「関心や興味が大いにある」が44%であった。「近くに処分場の計画が起きたらどうするか」については「反対しないと思う」が44%、「反対すると思う」が33%、「分からない」が22%であった。「地層処分について興味や関心がある項目(複数回答可)」については「技術」が67%、「処分地の選定」が67%、「制度」が44%であった。
詳細は別添の「事後アンケート結果」を参照して下さい。
5. 別添資料リスト
(報告書作成:早野睦彦 2023年12月6日)