日本原子力学会シニアネットワーク連絡会
報告
学生・教員・市民とシニアの対話会

学生とシニアの対話in長崎大学
2024年度(第9回)報告書

日本原子力学会シニアネットワーク連絡会(SNW) 古藤健司
長崎大学 文教キャンパス

 これまで、長崎大対話会は大学院工学研究科の特別講義「環境・エネルギー・資源特論」の講義として3コマを担当させて頂いていた。しかしながら、長崎大学では大規模な大学院の改組が行われ、本年度(2024年4月)からは、新規の大学院研究科カリキュラムに従った授業が開始されている。工学研究科は、環境科学研究科、水産学研究科と統合され、新たに「総合生産科学研究科(工学系)」としてスタートしている。残念ながら、「環境・エネルギー・資源特論」に相当するような特別講義は、新規カリキュラムには開設されてないとのこと、従って、旧科目の履修資格のある学生(M2:6名)への学年進行措置として、本年度に限り、特別に「環境・エネルギー・資源特論」が開講された。

 「対話in長崎大2024」は昨年と同じく、基調講演および対話会を対面にて開催した。参加学生は大学院工学研究科総合工学専攻の(M2)3名であった。導入としての基調講演は本特論のオムニバスに則った内容:カーボンニュートラルに向けた発電方式における環境・資源・経済・工学問題を論じた。3名との対話会(ゼミ形式)では、学生諸君との機微な深堀したディスカッションをすることができた。本年度で長崎大学での対話会は一応終了となるが、学生諸君の意欲的な思考への取り組みが年々感じられた有意義な対話会であった。


1.講演と対話会の概要

1)大学院工学研究科総合工学専攻博士前期(修士)課程の3名:機械系(M2)2名、電気電子系(M1)1名と対話した。
昨年に引き続き長崎大学大学院工学研究科総合工学専攻博士前期(修士)課程の特別講義「環境・エネルギー・資源特論」(1単位8コマ)の一環として3コマを担当し、基調講演と対話会を実施した。
科目担当の村上裕人教授と事前に意見交換を行い、科目シラバスを尊重し偏りのない内容に留意することを申し合わせた。
基調講演は対面形式の1コマ(90分)にて実施した。
対話会への導入としての基調講演では、各種電源について諸特徴を論じ、トピックスも紹介すると共に、専門家の立場として、原子力発電についての基礎知識と技術的諸問題とその対応についても科学的・客観的情報を提供した。そして、カーボンニュートラルに向けたストラテジーの中で環境・資源・経済・工学問題を共に考えた。
シラバスでは、グループディスカッション(1)「次世代のエネルギー構成政策を考える:カーボンニューニュートラルと各種発電の役割」、グループディスカッション(2)「我国のエネルギー安全保障問題を考える:エネルギー危機の原因、対策と見通し」となっているので、学生は2つのテーマに係わる情報を事前調査しておくこととした。
シニア(古藤)からは、これまでの対話会にて出された(優れた)事前質問・回答の例や討論テーマと解説などの資料を提供し、対話会で共に深堀分析を行った。ディスカッション資料(1):原子力の燃料は有限の物質であり、代替となる発電方法は現在開発されているか?ディスカッション資料(2):「脱炭素化へのシフト:炭素から水素へ」を考える!ディスカッション資料(3):2050年カーボンニュートラル(脱炭素エネルギー)は可能か?
今回の対話会の参加学生は3名なので、シニア(古藤)1名でグループ対話を行った。事前質問は行わずに、各人で疑問あるいは話題となる問題を事前調査し、対話の場で大学院生(M2)らしい深堀した議論をすることとした。
3名の院生との問答では思慮深い議論がなされ、有意義なゼミ形式の対話会となった。
2)場 所
〒852-8521長崎市文京区1-14 長崎大学工学部1号館2F5番講義室
3)日 時
8月20日(火):3限(12:50~14:20)基調講演を実施。
9月17日(火):4~5限(14:30~17:40)対話会を実施。
4)参加者
村上裕人教授 (長崎大学大学院総合生産科学研究科工学系物質科学部門/ 同 大学院総合生産科学域基礎教育センター)
院生 3名(総合工学専攻博士前期(修士)課程)
   2年生:機械系 2名、電気電子系 1名
シニア 1名:古藤健司
5)基調講演:8月20日(火) 3限(12:50~14:20)
古藤健司:カーボンニュートラルに向けた発電方式における環境・資源・経済・工学問題
講演概要:

対話会への導入としての基調講演では、各種電源・発電方式について諸特徴を論じ、トピックスも紹介すると共に、専門家の立場として、原子力発電についての基礎知識と技術的諸問題とその対応についても科学的・客観的情報を提供した。そして、カーボンニュートラルに向けたストラテジーの中での発電方式の違いにより生じる環境・資源・経済・工学問題を共に考えた。

6)開会の挨拶(村上裕人教授)

「本日は「環境・エネルギー・資源特論」のプログラムとして、ディスカッション型講義:シニアとの対話会が開催されるが、諸君にとっては「環境・エネルギー・資源に関して深く考える絶好の機会」であること」が述べられ、この企画を提供・実施する日本原子力学会・シニアネットワーク連絡会および参加シニアに対して謝辞が述べられた。「大学院改組に伴ってオムニバス形式の特別講義は本年度を持って閉講されるのは残念ではあるが、環境・エネルギー・資源問題の解決に向かって、今後も真剣に取り組んでいかなければならないことには変わりはない」と述べられた。

「科学に基づく客観的な理解を基礎とすることが大切である。今日は、グループディスカッションの貴重な機会であるから、遠慮なく「分からないことは聞き返す、見解が異なれば恐れず反論をしてみる、妥協による安易な同意はしない」など、シニアにぶつけてみよう。そして、対話と洞察を通じて積極的に自分を磨いてほしい」とのメッセージが述べられた。

7)講評・閉会(古藤健司)

「環境・エネルギー・資源特論の分担授業としてSNW対話会を開催してきたが、大学院改組に伴って本年度で終了となりました。学年進行の特別講義としての今回の対話会は修士2年の3名との講義・ゼミ形式。三件に絞った話題についてはしっかりとした説明や各人と深堀した問答ができ、大変有意義でありました。発電方式による環境・エネルギー・資源そして経済の諸問題についてのディスカッションにおいては、流石に修士2年生、科学的・客観的な思考性と理解力を感じました。院修了後は情報関係や高校教員などへ就職されるとか、今回の対話会の体験が問題解決の何がしかの情報・ヒントになれば幸いかと思います。今後の諸君のご活躍を期待しております。」 


2.対話会

1)参加者(学生 3名、シニア 1名)
院生:工学研究科総合工学専攻 修士2年生 機械系 2名、電気電子系 1名 
シニア:古藤健司 
2)対話のテーマ:
次世代のエネルギー構成・政策を考える:カーボンニューニュートラルと各種発電の役割。
我国のエネルギー安全保障問題を考える:エネルギー危機の原因、対策と見通し。
3)対話の内容

参加メンバーの自己紹介(出身地、専攻、将来進路、趣味、そしてシニアのキャリアについて)のあと、学生諸君の事前調査の結果の発表とメンバー間の質疑応答を行った。シニアからのディスカッション資料3件について深堀分析を行い、意見交換を行った。

〇原子力の燃料は有限の物質であり、それが尽きた時の原子力の代替となる発電方法は?については:

原子力発電には核分裂炉と核融合炉がある。重水素、三重水、3Heを燃料とする核融合発電の商用化は次世紀先の話。ただし、重水素は無尽蔵であるが、三重水素は主にリチウムから生成するのでリチウムの資源量に依存する。3Heはお月様の表面に沢山あり、海中からリチウムを回収できる(経済が許せば)無尽蔵と言える。
核分裂炉:今のところ、天然ウラン中に約0.72%含まれる核分裂性の235Uを主燃料とする軽水炉(PWRやBWR)が大部である(235Uを4~5%程度にした濃縮ウラン燃料)。天然ウランの可採年数=確認可採埋蔵量/年間生産量は2021年1月現在で128年(ただしウランの確認可採埋蔵量は費用130ドル/KgU未満)。ウラン価格が上昇すれば可採埋蔵量は新たに増加しウラン可採年数は延びる。更に、ウラン価格が数十倍になれば海水からの吸着回収の採算が取れると試算されている。つまり、ワンスルーでウラン燃料を燃焼させたとしても少なくとも数世紀は持つ。
軽水炉使用済み燃料を再処理してプルトニウムを回収し核分裂性の239Puを利用する高速増殖炉を用いれば、消費した以上の239Puを生産でき、従って、高速増殖炉燃料サイクルが構築できれば、ウラン資源を軽水炉の50倍以上も有効に利用できる。高速増殖炉では238Uを239Puに核変換して燃焼させる:ウランを徹底的に燃やし尽くすということ。高速増殖炉および燃料サイクルが確立すればウランを数十世紀に亘って利用できる。
核燃料はウランだけではない:トリウム(Th)の埋蔵量はウランの3倍程でウランに比べて偏在していない。天然トリウムのほぼ100%が安定同位体の232Thであり、中性子吸収によって核分裂性233Uが生成する。ウラン原子炉に比べて長寿命放射性核種の生成が少ない(兵器に転用可能なプルトニウムの生成を80%ほど抑制)。核分裂生成物のタリウム208Tlは強力なγ線源。高核拡散抵抗性のメリットはあるが「既にインフラをウラン燃料系で構築しているので、トリウム燃料系に転換するために新たに投資する理由がほとんどない」というのが現状。ただし、インドは独自に開発し、2011年に商用トリウム溶融塩炉を完成させている。

〇「脱炭素化へのシフト:炭素から水素へ」を考える。特に、最近のモータリゼーションの動向について議論が進んだ:

石炭火力発電が62%以上占める中国のEV化は?とどのつまり62%は石炭自動車(CO2を100%排出)ということか?ガソリン車などは内燃機関でCO2とH2Oをモルでほぼ1:1排出している。
水素は、現在、主としてメタンの重合改質の副産物。水素自動車の燃料:水素を再生可能エネルギー発電や原子力発電からの電力を使って水の電気分解から生産したものでなければ意味をなさない。天然ガスからの水素であれば、天然ガス自動車の方がましかもしれない:排出ガスのCO2とH2Oの比は1:2!などの議論が交わされた。再生可能エネルギーや原子力からの電力や水素を動力源とするモータリゼーションの構築が要!

〇2050年カーボンニュートラルは可能か?

2050年を見据えたカーボンニュートラルに向けた国際的取り組みの締約国会議:COP28では、原子力発電を脱炭素化の主役と捉え、2050年頃までに原子力発電の設備容量を2020年比の3倍に拡大すべきことを求めているが、新増設およびリプレースする原子炉は、高温ガス炉や高速増殖炉などの新技術の核分裂炉も候補ではあるが、主力は改良型軽水炉であり、残念ながら”核融合発電炉”は勘定には入っていない。発電炉としての実用化が確認できたとしても、商用炉としての経済性は既存の原発や改良型軽水炉原発に太刀打ちできないと思われる。そして、軽水炉原発の耐用年数が60年となると、2050年までに新増設あるいはリプレースされた原発は、今世紀中は健在であろう。
核融合発電炉への期待?:ITER計画の進捗状況から、現在は、兎にも角にも、①核融合点火・燃焼プラズマの実現・技術の確立が最優先の課題、②プラズマ対向壁材の開発や③DT燃料サイクル技術と④トリチウムの環境問題:トリチウムのプラントインベントは数10㎏~数100㎏でありプラント配管材料等からの環境への漏洩対策、そして、⑤初期に装填するトリチウムの確保の問題:自然界にトリチウムは皆無で、リチウムの中性子照射にて生産しなければならないが、トリチウムは核戦略物質なのでおいそれとは製造できないのでは?米国などの核保有国から譲ってもらうことになるのか?今のところ、米国はこのことには触れてはいない。
国内の原子炉を使って大量のトリチウムを製造するにしても桁違いのトリチウムが環境に漏れ出てくる可能性が大である。従って、福島第一原発の処理水の海洋放出について、安全性の科学的な認識が国民に浸透しなければ、核融合炉発電の実用化は我が国では大変難しいと思われる。

3.学生アンケートの集計結果(山崎智英)

1)まとめと感想 (古藤健司)

基調講演の聴講と対話会出席の学生は修士2年の3名で、対話会終了後のアンケートには全員答えてくれた。講演と対話会に対する満足度は、母数3のアンケート結果では統計的意味合いは薄いが、“とても満足”が2+“ある程度満足”1であるので総合的に100%満足して貰えたと思われる。不満(1名)の点として“内容が難しかった”が上げられている。核分裂炉発電方式、核燃サイクル、核融合炉開発など、原子力系以外の工学系学生には少々専門的過ぎるかもしれないが、大学院生であるので理解して貰えるものと期待する。

2)アンケート結果の詳細
対話会のアンケート結果の詳細資料を添付する。

4.別添資料リスト