日本原子力学会シニアネットワーク連絡会
報告
学生・教員・市民とシニアの対話会

学生とシニアの対話
in 鹿児島大学2023 報告書

日本原子力学会シニアネットワーク連絡会(SNW) 古藤健司/金氏 顯
鹿児島大学工学部
鹿児島大学で9年ぶりで機械系エネルギー工学専攻学生とシニアの対話会を再開

 鹿児島大学でのSNW対話会は2013年度と2014年度に開催されており、本年度の対話会は9年ぶりの再開であった。前2回の対話会は工学部生を中心とした対話会であったが、今回は大学側のキーパーソン:佐藤紘一教授(工学系機械工学専攻)の担当科目「高エネルギー材料工学特論」の4コマを基調講演(1)(2)と対話会に運用して頂き、受講生(理工学研究科工学専攻機械工学プログラム)17名の参加を得て開催に至った。コロナ禍は終焉には至っていなかったが、感染予防対策を十分に施し、対面にて基調講演および対話会を実施した(ただし、基調講演(2)はWEBリモート)。対話会への導入として、基調講演(1)では原子力発電を正しく理解してほしい基本事項、講演(2)では我が国のエネルギー安全保障と原子力の役割について講義:客観的な知識・情報を提供し、機械系学生のエネルギー全般に対する興味を喚起することとした。対話会は4グループに分かれ、学生からの事前質問に対するシニア回答を中心にしたディスカッションを行った。今回の対話会は約10年ぶりの開催ということもあって、大学側は新規に近い企画の持ち込みとその対応に戸惑いも見られたが、今回の経験を踏まえ、次回以降の学生-シニアとの有意義な対話の場としての発展が期待できる。


1.対話会の概要

1)大学院理工学研究科工学専攻機械工学プログラム所属の学部生(B4)5名、博士前期(修士)課程(M1)9名、(M2)3名、計17名と対話した。
コロナ禍中の状況ではあったが感染予防対策を十分に施し、基調講演(1)および対話会は学生とシニアとの通常の対面形式にて実施した。基調講演(2)はWEBリモートで行った。
対話会への導入としての基調講演(1)(2)は2コマ(90分+90分)、講演(1)では原子力発電についての基礎知識と技術的諸問題とその対応について(70分)、講演(2)では我が国のエネルギー安全保障と原子力の役割について(90分)講義した。
大学側:佐藤紘一教授との意見交換を事前に行い、偏りのない内容に留意することを申し合わせた。大学院シラバス・カリキュラムを調査の上、基調講演2コマ1日、対話会2コマ1日の時限枠を提供してもらった。
講演資料は事前に参加シニアと大学側(佐藤教授)へE-mail添付にて配布し、佐藤教授から参加学生へ配布してもらった。
参加予定者は当初19名であったので、4グループに分けて対話会を実施することとした。各グループの対話テーマは基本的に学生諸君の提案を最優先することとしていた。
参加シニアの振り分けを念頭にして予め4つのカテゴリー:①原子力発電システムの安全安心、②原子力環境システムの安全安心、③エネルギー環境経済の安全安心、④原子力施設地域の安全安心の4つのカテゴリーを設定しておいた。
基調講演終了後に参加学生諸君とグループ分けと対話会テーマの提案・決定を話し合うこととしておいたが、結果的には研究室単位となり、グループ対話のテーマはシニア振り分けのカテゴリーがタイトルとされた。
基調講演終了後に各グループのリーダーは事前質問(1件以上/名)を取りまとめ、グループ担当シニアにメールにて(2週間以内に)提出することとし、担当シニアはその回答書を対話会1週間前までにグループリーダーにWordファイルにて送付した。
対話会は佐藤教授の開会の挨拶後に4グループに分かれて実施した(110分間)。その後30分間を学生各グループの「まとめとプレゼンの準備」にあて、後に各グループの発表(質疑応答・意見交換を含め)(5分/G)を行った。
最後に講評(SNW早野)で締め括った。
2)場 所
〒890-0065 鹿児島市郡元一丁目21-40 鹿児島大学工学部共通棟202番講義室(講演・対話会主会場)
3)日 時
6月29日(木) 1~2限(8:50~12:00)基調講演(1)を対面、基調講演(2)をWEBリモートにて実施。
7月27日(木) 1~2限(8:50~12:00)対話会を実施。
4)参加者
佐藤紘一教授 (鹿児島大学大学院・学術研究院理工学域工学系・機械工学プログラム)
学部4年生 5名:工学部先進工学科・機械工学プログラム 
院生 12名(M1:9名、M2:3名):大学院理工学研究科博士前期(修士)課程工学専攻・機械工学プログラム
シニア 7名:古藤健司、山崎智英、早野睦彦、野村茂雄、路次安憲、針山日出夫、早坂房次
5)基調講演:6月29日(木) 1~2限(8:50~12:00)
講演(1):古藤健司(8:50~10:00)70分 <対面> 
「原子力発電について ~固有安全性、核燃料サイクル、高レベル廃棄物処理処分~」
講演(2):金氏 顯(10:05~11:45)100分 <WEBリモート>
「我が国のエネルギー安全保障と原子力の役割 ~エネルギー危機の原因、対策と見通し~」
対話会への導入としての基調講演(1)(2)の内容は、講演(1)では原子力発電を正しく理解してもらうための基礎知識と技術的諸問題その対応について、講演(2)では我が国のエネルギー安全保障と原子力の役割について、特に、エネルギー危機の原因、その対策と見通しについて、時系列の情報・データを示して論じた。基調講演を通じて、地球環境エネルギー全般に対する興味と問題意識の喚起を促すと共に、エネルギー政策に占める「原子力」の重要性が浮かび上がるよう考慮した。
グループ分けと対話テーマの打ち合わせ(11:50~12:00)10分
6)開会の挨拶(佐藤紘一教授)

「高エネルギー材料工学特論の講義内にて、日本原子力学会シニアネットワークの対話会を実施します。シニアの皆様は鹿児島までお越しいただき、ありがとうございます。私の講義は材料の照射損傷について教えており、普段は座学ですが、今日は普段とは異なり、原子力・エネルギーについて議論をしてもらうことになります。対話会の準備のために原子力・エネルギーについて調べることで既に勉強になったと思いますが、議論を通してシニアの方から更にいろいろな知識を吸収し、色々な考え方に触れて、刺激を受けることを期待しています。」

7)講 評(早野睦彦)

「各グループの発表を聞いて、原子力・エネルギー問題にとどまらず、環境問題、経済問題、国際情勢、地域社会との共生などいろいろな切り口で議論されたことが分かりました。皆さんは議論を通じて、原子力・エネルギー問題は単に技術に止まらずいろいろな面で社会とかかわっていることが分かったと思います。実はこのような議論を行うことが、日本のエネルギー問題を考え、解決する上で大切なのです。皆さんには是非、周囲の友達やご家族とこのような議論を広めていただくようお願いしたいと思います。エネルギーを考えることは世界を考えることです。広く世界を見渡したうえで我が国のおかれた状況を考えていただきたい。日本はこれからも一流国を目指すのか、二流国で甘んじるのか、君たち自身の問題です。サイエンスリテラシー、メディアリテラシーに磨きをかけて決して教条主義に陥ることなく、自分の頭で考えてください。それが21世紀に生き残る我が国に残された道です。」

8)閉会の挨拶(佐藤紘一教授)

「本日は無事にSNW対話会を開催することができました。御協力ありがとうございました。学生の皆さんは普段それほど深く考えることがないエネルギー・原子力の問題について考えていました。今回の経験を今後の就職活動、社会人になってからの活動に活かせていただければと思います。最後に、今回ご対応いただいたシニアの方々に感謝の意を込めて拍手で御礼に代えさせていただきます。」


2.対話会

1)グループA(報告者:早野睦彦)

(1)参加者(学生5名、シニア2名)
学生:理工学研究科工学専攻・機械工学プログラム(M1)5名 
シニア:古藤健司、早野睦彦 
(2)対話のテーマ:原子力発電システムの安全安心
(3)対話の内容

自己紹介の後、事前質問の回答を読んだ上で以下のような更問(さらとい)について議論した。

福島の処理水のトリチウム排出が話題になっているがどの程度の生態系への影響があるのか?
なぜ原子力発電の理解が進まないのか?
核融合炉の候補地はどのようにして決めるのか?(現在の原子力発電所の跡地?)
次世代の高性能原子炉に対する材料開発は進んでいるのか?
安全基準が厳しくなっても原子力発電はコスト的に成立するのか?

更問についての質疑:

事前に学生は処理水がどの程度のトリチウム濃度かを調べていた。そしてそれが飲料水以下の濃度であっても騒ぎになるのは安全問題よりも安心問題であることを認識した。メディアの責任は大きい。
我が国のエネルギー安全保障が如何に脆弱であるかを理解してないこと、原子力を放棄した時のことを想定できないことに拠ることを説明した。リスクは確率的なものであり社会人に向けてリスクを客観的、確率的に認識することの大切さを認識した。
核融合はまだまだ社会実装にはほど遠く、技術の実態が見えてくれば候補地問題も具体化するであろうが、とてもその段階にはないことを説明した。
材料開発はどのような分野にあってもキーテクノロジーである。原子炉の寿命を決定づけるのも非交換機器である、原子炉圧力容器、炉内機器の中性子脆化であり、それの先行照射試料としてのサーベイランス試験片を説明した。
安全基準が厳しくなれば当然コスト高になる。それでも社会に受け入れられるかはエネルギー問題、経済性、環境問題のバランスで決まることを認識した。
(4)所感

専門知識は大学で学ぶであろうが、それ以前のエネルギー問題、メディア問題に対する社会的な視点が貧弱でまだまだ幼いと感じた次第。従って我々の話を素直に聞いてくれるが議論に発展しないのがもどかしい。

2)グループB(報告者:野村茂雄)

(1)参加者(学生3名、シニア1名)
学生:工学部先進工学科・機械工学プログラム(B4)2名 
    理工学研究科工学専攻・機械工学プログラム(M1)1名 
シニア:野村茂雄 
(2)対話のテーマ:原子力環境システムの安全安心
(3)対話の内容
本グループの学生参加者は当初4名の予定であったが、体調不良による欠席者1名が出て、3名となった。いずれの学生も半導体材料を研究する同じ研究室に所属する卒論生(B2)2名と院生(M1)1名。
鹿児島大学工学部には原子力に関連するシラバスが大学院に1つあるだけで、勉強する機会は少ないということであった。今回の対話会も、佐藤教授の大学院科目「高エネルギー材料特論」の中で行われた。従って、本グループの対話テーマ「原子力環境システムの安全安心」のベースになる基本的な知見はあまりなかった。
原子力の安全・安心のとらえ方、高レベルガラス固化体地層処分場の物理的限界や他の処分法の可能性、東電福島第一原発における処理水海洋放出でのトリチウムの国内外での扱い、などについて、事前送付した逆質問も交え、活発な意見交換が出来た。
再エネが主力電源になる展開で、「原子力は危険であり不安だが、必要悪であり、再エネのベースロード電源として代替がない状況では、使い続けるしかない」との意見を述べたのが印象的だった。また原子力の安全についての理解が拡がっておらず、不安視する人が多いとの意見は、学生諸君の共通した見解であった。
(4)所感

今回の対話会で、こうした議論が仲間内でも行われることを期待したい。

3)グループC(報告者:早坂房次)

(1)参加者(学生5名、シニア2名)
学生:工学部先進工学科・機械工学プログラム(B4)2名 
理工学研究科工学専攻・機械工学プログラム(M1)2名、(M2)1名 
シニア:路次安憲、早坂房次
(2)対話のテーマ:エネルギー環境経済の安全安心
(3)対話の内容

自己紹介の後、事前質問の回答について、疑問点や反論・不足等あるかを確認したが、回答内容は十分だとの学生側の反応であった。シニアから下記の補足説明を行った。

第二次世界大戦後、安い石油により世界的な高度成長の時代があった。これを覆したのが産油国側のカルテルによるオイルショック。これに対する反革命が先進国を中心としたIEAによる「脱石油」で、石油価格の低下はソ連崩壊の背景になったともいわれる。その後、消費回復と石油価格の上昇がプーチン・ロシア復活の背景にある。1980年代にはイギリス病と揶揄され一人当りGDPが日本の半分だったイギリスが日本を抜いた背景にも、北海油田の発見・活用があると思われる。
「日本近海にはメタンハイドレードはあるからという議論もあるが」と水を向けたが、聞いたことがあると答えた学生は一人だけであった。物質的には存在しても採取するのに産出される以上のエネルギー投入が必要ならば資源とは言えない(エネルギー収支比が悪すぎる)例として説明した。
各電力会社の電源構成が大きく違っていて今後へのポジショニングが違う例:2018年に北海道胆振東部地震で北海道がブラックアウトしたれ例を話題にあげた。「これは当時泊原子力発電所が停止中で、(炭鉱があったという歴史的経緯から)北海道電力は石炭火力が多く、苫東厚真火力発電所に集中していた状況の中で地震の影響で同発電所が停止したためだった」と話したが、学生たちは北海道のブラックアウトを知らなかった。従って、資源エネルギー庁スペシャルコンテンツ『日本初の“ブラックアウト”、その時一体何が起きたのか』を学生に追加紹介した。

追加の質疑:

石油の可採年数は40年位と言われていて、昔から変わらないのはなぜかとの問いに「可採年数は確認埋蔵量/年間消費量であり、確認埋蔵量は究極資源量に対して、回収率で変わり、回収率は技術の進歩と価格上昇により変わる。且つては、回収率は10%に満たなかったが最近は40%を上回るようになっている。油田には巨大油田を超える超巨大油田(クウェートのブルガン油田やサウジアラビアのガワール油田)というものがあり、超巨大油田(Super Giant Oil Field)は1940年代以降発見されていない」旨を説明した。石油探査については莫大な資金が投入されており、衛星によるリモートセンシングなどの技術もあることから、今後は超巨大油田が発見される可能性は極めて低いことを述べた。
(4)所感

該当講義は「高エネルギー材料工学特論」で材料の照射損傷が内容のため、基調講演はあったとはいえ、エネルギー・資源問題への認識は残念ながら希薄な印象は拭えなかった。特に発表については充実した対話の内容からすると浅薄の感は否めない。学生たちの「シニアの話をしっかり聞こう」とする真面目な態度には好感が持てたが、学生側からの積極的な意見開陳が見られなかったのは残念である。生まれた時から物質的欠乏や貧困というものを経験したことがない一方、成長というアグレッシブな経験もないためか、現状からの脱却という意識や改善への熱意、将来への不安・危機感に乏しいのかもしれない。

4)グループD(報告者:針山日出夫)

(1)参加者(学生4名、シニア2名)
学生:工学部先進工学科・機械工学プログラム(B4)1名 
   理工学研究科工学専攻・機械工学プログラム(M1)1名、(M2)2名 
シニア:山崎智英、針山日出夫 
(2)対話のテーマ:原子力施設地域社会の安全安心
(3)対話の内容

自己紹介の後、学生からの事前質問ごとに①質問の背景・意図、②シニアからの回答の意図する点・確認討論したい点について対話を実施した。事前質問の意図する疑問・課題を整理の上「サブテーマ」として対話内容を以下に概説する。

〇「正確な情報」について

論点:正確な情報とは何か?それをどのようにしてゲットするのか?
シニアから:「同じ自然現象を見ていても、人によって映るものは異なることがある」事例を「虹は何色か?」で説明し、「日本では虹は7色であるが、米英では6色、ロシアでは5色である。虹の場合は、その国の文化を通して自然をみている」ことを理解するべし。この実例から「正確な情報」の問題の深さ・広がりを考えてみよう。
対話での共通認識:「人はその人が帰属する組織の文化・習慣を通して外部社会を見ている。即ち、情報発信者はその人が帰属する組織の価値観を発信していることを考えて情報を理解することが肝要であり、情報は鵜吞みにせず多角的に吟味し格闘して読み取ることが必要である。」

〇「原子力施設立地地元住民との信頼醸成」について

論点:地元住民との信頼醸成のための模範的手法はあるのか? 住民思想・政治的姿勢などの地域差はあるのか?
シニアから:「地元折衝・地域住民の方々との対話には相手がいること、早期開発段階から様々な折衝や相談(例えば、漁業権の問題、利水権の問題など)がなされてきた数十年に亘る歴史的足跡がある」ので、地域独特の習慣や政治的風土等も夫々の地域によってそれぞれであり、一概にどこそこのやり方がいいとはいえない。
対話での共通認識:「原発立地地元と電力事業者との信頼関係の構築は原子力発電所の持続的安定運転のために極めて重要である。電力会社は地元の人々の生活に溶け込むような地道な努力を日々続けている。」

〇「風評被害」の対策はあるか?

論点:小・中・高での放射線教育は効果あるか? 消費者の当事者意識の改革?
シニアから:「小・中・高の学習指導要領の実情と諸外国原発からの年間トリチウム放出量」を説明し、放射線を正しく怖がるための方法ならびに風評被害の抑止について意見交換した。その中で「無知は罪悪」を強調した。「自分が無知で世間の意見に流されているために漁業者に被害を与えていることを自覚すべき」と論じた。
対話での共通認識:「基礎知識の習得と理解のもとで科学的な判断ができるようにすること」がまずやるべきことではないか。

3.学生アンケートの集計結果(山崎智英)

1)まとめと感想 省略

 対話会当日に対話会に参加した学生は学部生(B4)5名、院生(M1)9名、(M2)3名:計17名であった。アンケートの回収は100%であったが、一部の質問に回答しなかった学生が1名いた。総括的な評価が伺える「アンケート(1):講演の内容」では〝とても満足”が76.5%で〝ある程度満足”が23.5%であり、「アンケート(2):対話の内容」も同じく〝とても満足”が76.5%で〝ある程度満足”が23.5%であるので、本対話会に参加した学生諸君には100%満足して貰えたものと思われる。  

 原子力発電の必要性については、‶必要性を認識している”3項目(再稼働:64.7%(11名)、新増設・リプレース:17.6%(3名)、2030年目標(原発20~22%)達成:11.8%(2名)でほぼ94%であり、電源構成の中での原子力発電の重要性が十分理解されていると思われる。無回答の1名は原子力発電の必要性については懐疑的あるいは「良く分からない」と察せられるが、(シニアへの忖度を控えた)むしろ健全なアンケート回答と受け取れる。

2)アンケート結果の詳細
対話会のアンケート結果の詳細資料を添付する。

4.別添資料リスト