日本原子力学会シニアネットワーク連絡会
報告
学生・教員・市民とシニアの対話会

学生とシニアの対話
in三重大学2021報告

日本原子力学会シニアネットワーク連絡会(SNW)若杉和彦
 
三重大学中庭
教育学部校舎
教育学部学生15名に対して、日本のエネルギー問題や世界的な脱炭素対策(カーボンニュートラル)に関して講演会と対話会を実施した(Web方式)。講演のあと3週間後に対話会を開催し、シニア6名が3グループに2名ずつ分担して学生と対話した。学生は講演内容を中心にして、多彩な疑問・質問を提起し、活発で深堀した議論を行った。事後アンケートでは、学生全員が対話会の必要性を強く感じ、後輩や友人にも参加を勧めたいと多数が応えた。また、3割の学生がエネルギー問題の重要性を認識し、”もっと勉強して知りたい”と応えた。

1.講演と対話会の概要

1)教育学部学生15名とエネルギー問題を中心に対話した。
三重大教育学部学生との対話会は一昨年から実施しており、今年は3回目であり、学生15名(2~4年生)を対象にして、講演会(10月11日)と対話会(11月1日)をWeb方式で開催した。
講演会では、世界的なカーボンニュートラル(CN)の動きを背景にした日本と世界のエネルギー対策と課題を解説し、対話会では講演内容に対する学生の質問や意見を中心に活発に質疑応答した。
学生の事後アンケートでは、講演と対話はともに”満足した”と肯定的に受け止めており、「シニアとの対話会」の必要性を高く評価した。
対話やアンケート結果から、学生の将来の教職に対する強い心構えが垣間見られ、エネルギー問題についても真剣に勉強したいとの意見が数多くあった。
2)日 時
10月11日(月)18:00~19:30 講演(講師 金氏顯)
10月25日(月)18:00~18:30 Web方式のリハーサル
11月1日(月)18:00~20:00:対話会(Web方式)
3)参加者
三重大学 教育学部 松岡 守教授
学生:教育学部15名(2年生8名、3年生4名、4年生3名)
シニア:6名:大野崇、金氏顯、櫻井三紀夫、中谷力雄、中村威、若杉和彦
4)講演
講演者:金氏顯
講演題目:「世界と日本のエネルギー問題と原子力を巡る課題」
講演概要:
エネルギーの要件、世界と日本のエネルギーの現状、2050年カーボンニュートラルに向けての動向と課題、第6次エネルギー基本計画と問題点、原子力発電の基本的知識、安全性、核燃料サイクルを解説し、いま話題になっている原発の耐用年数、トリチウム処理水の海洋放出、テロ対策の不備(東電柏崎刈羽)等について実情と対策についても触れた。

2. 対話会の詳細

(1) グループA(金氏)
1) 参加者
先生:教育学部 松岡守教授(前半のみ)
学生:教育学部4名(全員女子)、内4年生1名、3年生1名、2年生2名
シニア:櫻井三紀夫(ファシリテータ)、金氏 顯
2) 主な対話内容
2-1)事前質問への回答
まず、松岡先生からの質問(炉心溶融確率は10-4の定義は?)に回答し、了解いただいた。
次に事前に学生からの質問6件を、学生から質問、シニアから回答を要点説明。
カーボンニュートラル(CN)関係の学生からの質問は、①2050年までに温室ガス排出をゼロに出来ると思いますか?、②CNを表明していない国が温室ガスを排出している問題はどうしたら解決できるか?の2つであった。いずれもCNの本質的な問題を突いた質問であり、①は非常に困難と思う、②は先進国はより再エネや原子力など難しい技術で貢献し、発展途上国はより易しい技術を使うとともに先進国の技術を使いこなす、など役割分担が必要、と説明。
テロ対策は①テロリストの意図は?、②どんなテロ行為か?には機微情報をオフレコで口頭説明。
トリチウム水海洋放出に関しては、なぜ韓国は反対しているか?、これには技術的根拠は皆無で、日韓間の政治問題に根差していると説明。
F-1事故が無かったら?には、事故前は原子力が電源の約1/3、2010年当時の民主党政権時のエネルギー基本計画は原子力50%。従って、今頃は原子力33%~50%でしょうと説明。
2-2)シニアから学生に次の2件の逆質問をし、4人の学生の意見、その理由などを聞いた。
① 日本が2050年までにカーボンニュートラルが達成できなかったら、どんな不都合が生じると思うか?またそれらは日本の経済力を始め国力にどんなダメージがあるか?
⇒国際的に非難される、振出しに戻り一(いち)から対策をやり直さねばならない、温暖化が進み気候変動が激しくなり色々支障が出る、電気代やガソリン代など物価高騰する、など。
② 発展途上国は二酸化炭素が増えたのは先進国のせいだ、発展途上国が二酸化炭素排出を削減せよと言うならその為の資金を無償で提供すべきだ、と言っているが、どう思うか?また、先進国は資金を提供する以外にどうすれば良いと思うか?
⇒先進国は途上国の資源を使って発展したので途上国を支援するのは当然だ、先進国と途上国はよく話し合ってお互い協力し合うべき、先進国は再エネ(太陽光、風力)や原子力のミックスでCNを達成し、途上国に技術供与してCNに協力してもらうべき、などと今正にCOP-26で議論している意見が出たのは素晴らしかった。
以上、シニアと学生の発言時間はほぼ半分ずつだった。ここからさらに対話を発展させたかったが、1時間半ではここまでで精一杯であった。
(2)グループB (中谷)
1)参加者(敬称略)
学生:教育学部4年生1名、3年生1名、2年生3名
シニア:大野崇、中谷力雄
2)対話概要
学生及びシニアの自己紹介の後、対話の進行役、対話結果のまとめ役を決め対話に入った。10月11日に実施された基調講演「世界と日本のエネルギー事情と原子力発電の役割と課題」(講師:金氏 氏)に対する学生からの事前質問、感想を中心に対話を進めた。シニアが進行役となり、学生の疑問質問に対しシニアが答え、またシニアからの逆質問に対し、学生が自分の意見を述べるなどの形で対話が行われた。
学生からの事前質問や感想は大きく、2つ、①温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラル(CN)は実現できるか、②原子力は不安か、利用することは大丈夫か、に整理されるとして、事前に出された質問に答える中で、2つのテーマで対話を進めていった。
① 学生からは、CNについて、「今回の講演で理解が進んだが、そもそも大きなテーマで身近な課題として捉えることが難しい」(2年女子学生)、「CO2排出低減は必要と思うが、低減策のひとつの水素社会は、水素を作るために火力発電所の電気を使うのであれば、化石燃料を使うことは変わらず、水素社会が推奨されていることに疑問を持つ」(2年男子学生)、「CN実現に向けて、高い電気料金や生活レベルの低減が起こることは困る」(3年男子学生)、との疑問・意見も出された。
これらに対し、シニアからは、CNが日本を含め国際社会で唱えられてきた背景やCN向けての具体的戦略である水素エネルギーについて、その製造過程で電力(2次エネルギー)を使うことが経済的に成り立つのか、仮に2次エネルギー使わずに製造するとすれば革新的技術開発が必要となるなどの回答をし、本テーマに対しては、そもそも2050年にCNを実現することはかなり難しいが、そんな中でCO2を出さない努力(原子力の利用を続けることを含む)は必要である、との話し合いをした。
② 学生からは、原子力利用について、「原子力の利用が不安だ、それは安全性に不安があるから」(2年男子学生)、「そもそも原子力発電所で事故が起きないようにできないのか」(4年男子学生)、等の意見が出された。
これらに対し、シニアからは福島第1原子力発電所事故前後で原子力への世論が賛成から反対に180度変わったが、事故後の国内原子力発電所に対する安全対策の強化や万が一事故が発生した場合の避難計画が見直しされてきており、最近の意識調査では、最も大きい意見は「原子力発電はしばらくは利用するが、徐々に廃止していくべきだ」が50%程度になっていること、等を説明し、本テーマに対しては、原子力は、安全が確保される中で、進めていくことは必要である、との話し合いをした。
グループ発表(2年男子学生)では、CNについて、その必要性は理解しつつも、まだ疑問はある中、それに対する理解を深めていきたい、また将来の教育者(教師)として、原子力について負のイメージから入らないよう教えることが大切である、との意見が出された。
対話は、短い時間の対話だったが、概ね正しく理解されているようで、各自が意見を発言し、好感が持てた。
(3)グループC (中村)
1)参加者
三重大学生 5名(1名欠席)
SNW   若杉(ファシリテター)、中村
日時  令和3年11月1日(月)18時~20時
2)対話概要
先の10月11日(月)WEB開催された講演“世界と日本のエネルギー事情と原子力発電の役割と課題”(金氏講師)を受け、学生側から提出された感想、あるいは質問に対して、事前に文書回答。11月1日、シニア側からそれらに補足説明したり 、学生側からの再質問等を受けるという形で対話を進めることとした。
学生側の質問が多かったのは、福島事故関連についてである。新聞、テレビ等で見聞する機会が多いためか、原子力事故、地震津波災害、放射線に対するもので、それらについては講演資料などに基づいて逐次解説をおこなった。加えて事故後の原子力発電の安全に関しては、規制基準の強化などにより、事故の確率は、非常に少なくなっていることなどを説明。さらに過去のチェルノブイル事故等などの後も世界の原子力開発は進められていることや、原子力発電の安全については地域に生活する人々に安心を与えられるように運用することが当事者にとっての最重要課題であることなどを説明。
そのような質疑の後、地球温暖化対応として、2050年CNに対して達成できるのかという質問に対しては、英グラスゴーにて開催中のCOP26にて議論されているが、中国、ロシアなどCO2排出大国が今世紀半ば以降など足並みは必ずしも一致していない。
途上国に対する支援も必要など2050CNは達成困難だと考えられるが各国が各々その国情に合わせた対策を講じることになるだろう。
我が国はエネルギー輸入大国であり、かつ島国であるということを考えるとCN達成のためには再生可能エネルギーの最大限の利用はもちろんのこと純国産エネルギーである原子力発電の利用の最適化を図ることが必要であると説明。
対話会の最後のグループ発表時、Cグループより“教師が正しい知識を伝える”ことが大事であり、それに基づき”新しい世代が議論していくことが必要“と締めくくられた。

3.講評(櫻井)

学生の皆さんは、カーボンニュートラルへの疑問や、電気自動車・水素化などが本当にCO2削減に役立つのか、原子力は信頼して使っていけるのか、等について積極的に言及し、考えを巡らせてくれました。

こういう疑問や問い掛けを自分自身で持つことが大事だと思います。

そういう問い掛けによって、政治、社会、マスコミが宣伝している考え方が妥当なのか、実現性を無視した空論になっていないか、を自分でチェックする眼・耳を養っていくことができると思います。

この機会に一つの言葉をお知らせしたいと思います。それは、「合成の誤謬」という言葉です。

「合成の誤謬」は、ある小さな領域で正しい答えでも、それを国や世界の全体に広げて適用する(=合成する)と誤りの答えになるものがたくさんある、ということです。

例えば、米沢藩で上杉鷹山が改革を行い成功しましたが、同じことを幕府がやったら失敗に終わる、ということです。小さい領域の外に無限大の空間が広がっているときは、良いアクションを採れば大抵成功します。鷹山は、ベニバナの栽培を奨励して、染料を日本中の藩に売り出すことで経済的回復を果たしますが、幕府の命令で日本中の各藩がベニバナを栽培すれば、染料が過剰生産になって価格が暴落し、米沢藩も困窮に陥ります。

地元の藩で成功を収めて幕府に乗り込んできた徳川吉宗(享保の改革)、松平定信(寛政の改革)が失敗したのは、この合成の誤謬を知らなかったためです。鎖国に近い状態だった日本には、外に無限大の空間は無く、改革の施策は国内で満杯になって収入の増加が見込めません。

今、合成の誤謬が横行しているのは、再エネについてです。

無限大と見做せる安定電源の電力網に再エネが小さく存在している間は、CO2排出削減に寄与できるように見えますが、不安定な再エネが30~40%も占めようとすると、電力網そのものが成立しなくなって、再エネも運転できなくなります。

脱炭素アクションでも、合成して成果の出る施策を選ばなければなりません。

先生を目指している学生の皆さん、どうぞ、自分自身で問い掛ける眼と耳を持って、子供たちを教育して行ってください。期待しております。

4.参加シニアの感想

報告書を参照下さい

5.学生アンケートの集計結果

報告書を参照下さい

6.別添資料リスト

(報告書作成:2021年12月4日)