皆様

 平成2343

「消費科学連合会」という団体をご存知でしょうか。

急速な技術の進歩と社会の変化に対応するためには、消費者もきちんと消費者問題を科学的に学ばねばならないという理念のもとに1964年に設立された団体で、加盟団体35、会員約6000(殆どご家庭の主婦)、全国通信調査員1000人。この団体は原子力についても正しく学んで、理解して頂いてます。この団体の機関紙(月刊紙)消費の道しるべに、今回の福島原子力事故のことを寄稿するよう依頼を受け、添付(3000字)を投稿しました。この団体との縁は、4年前のエネ庁主催の六ヶ所核燃施設見学会(原文振事務局)にこの団体の関係者約10名が参加した時に私が同行講師としてお供して以来です。200834日のSNW第7回シンポジウム(テーマは「原子力コミュニケーションのあり方を問うー社会と原子力界の相互信頼を求めて」)には、同会の犬伏由利子副会長にパネリストとしてご登壇いただきました。

 前置きが長くなりましたが、寄稿文は今回の事故を消費者の立場から見た時の不安としての放射線被曝と原子力発電の今後、の2点について道しるべになるよう書いたつもりです。機関紙発行は415日予定。今現在の事故の状況で書いてますので2週間後には状況が変わっているかもしれませんが、場合によっては続編も寄稿するかもしれません。ご参考まで。

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金氏 顯(かねうじ あきら)
kaneuji@amber.plala.or.jp
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追伸:ICRP勧告に関し誤認あり、該当箇所を改訂しました。(43日)


消費科学連合会機関紙「消費の道しるべ」寄稿文

改訂平成2343

金氏 顯(原子力学会シニアネットワーク代表幹事)

 

『福島原子力事故を消費者の立場から考える』

 

311日に東北地方を襲った大地震はその後に襲来した巨大な津波と共にその被害も広範囲に甚大なものとなり、それに追い打ちをかけたのが東京電力福島第T原子力発電所の事故でした。被災者の皆様に深く哀悼の意を表します。この稿ではこの原子力事故の影響を消費者の立場で考えてみたいと思います。大きく2つありまして、一つは事故による放射性物質飛散の影響、もう一つは現在我が国の電力の約3分の一を担っている原子力発電の今後についてです。

まず、放射性物質飛散による影響ですが、事故直後から各地の放射線量が計測され公表されました。マイクロシーベルト/時という単位の放射線量(註1)がどういう意味を持つのか、どれだけになったら問題なのか、殆どの国民は目に見えない、臭わないし、大きな不安にかられたことと思います。自然にも放射線は存在し我々は年間約2.4ミリシーベルト(世界平均)の放射線を浴びていること、100ミリシーベルトまで被曝しても何ら問題は無いことなど、放射線の性質を40年以上も前から義務教育で教えなかったツケです。実は平成20年の学習指導要領改訂で放射線の性質と利用を教えることが決まり、今年から学校で教えます。また、消費科学連合会では消費者の皆様の為に放射線の学習会を企画しようとしておりますので、是非ご参加下さい。なお、日本原子力文化振興財団の次のウエブサイトに放射線に関する色々な情報が掲載されています。

http://www.jaero.or.jp/data/02topic/2011eq.htm#zumen

更に放射性物質の飛散が続き、厚労省の暫定指標値を超えたとしてホウレン草など農産物や原乳に出荷制限、摂取制限の指示が出され、また原子力安全委員会が定めた飲食物制限に関する指標値を超えたとして水道水の飲用を控えるよう求めました。これらの発表の際に必ず「人体に影響を及ぼすものではない」、「代わりとなる飲料水が無い場合は飲んでも健康に影響は無い」と、冷静に対応するように求めました。しかし、これを聞いた消費者の皆さんは不安を感じ、東北地方産農作物を買い控えたり、ペットボトル入り飲料を買い溜めたりしました。世界の放射線障害防止に関する法令の規準になっているのは国際放射線防護委員会(ICRP)という国際的学術組織からの勧告です。このICRP2007勧告では、食糧や飲料水などからの摂取制限値は国際的には年間で10mSv(ミリシーベルト)とされていますが、日本では原子力安全委員会で5mSvとしており、それにしたがって内閣府の食品安全委員会では今回、暫定的に農産物や牛乳などの出荷制限、飲料水の摂取制限値を決めました。現在、同委員会はこの基準値を国際基準に合わせる方向で検討することにしており、この拙文が機関紙に掲載される頃には見直され、農作物の出荷制限がかなり減り、飲料水の制限値があがり、風評被害が減っていることと期待します。

さて、次に2つ目の原子力の今後について考えてみたいと思います。福島第T発電所事故の経過を少し辿ってみましょう。まず地震計が地震を感知して、運転中であった1~3号機は自動的に制御棒が原子燃料に瞬時に挿入され、核分裂は止まり運転は停止しました。核分裂は止まっても燃料の発熱は急には終わらず、少しずつ熱を出し続けます(始めは運転中の約3%、徐々に減少)ので冷やし続けなければなりません。その為に水を注入するポンプがありましたが、そのモーターが地震による停電で動かず、代わりに非常用発電のディーゼルエンジンは起動しましたが約1時間後に押し寄せた大津波により電気設備などが流失し、止まってしまい、燃料を冷やす水が流れなくなりました。あとはヘリコプターや消防車、電源車など懸命の冷却操作が続けられましたが、間に合わずに炉心溶融という酷い事態になりました。押し寄せた津波の高さは約14mだったと聞いてます。40年以上前に提出された設計申請書(設置許可申請書と言います)には14号機は津波の想定高さに余裕を見込んだ整地高さ(註―2)が10mと書いてありますので整地高さを超える想定以上の津波だったのです。一方、5.6号は津波の想定高さに余裕を見込んだ整地高さが13m、福島第2発電所は14m以上、宮城県の東北電力女川原子力発電所は14.8mでしたので、これらは事故にはなりませんでした。津波の想定高さが明暗分けたのは明らかです。

さて、今回原子力事故の影響を身をもって体験し、多くの国民が原子力発電所の安全性にこれまでにない大きな不安を抱いたことは否定できません。そして出来れば原子力に頼らない社会ができないものか、と考えたとしても無理はありません。  

因みに、我が国の電気の約31%が原子力発電、石炭火力発電が24%、天然ガス火力発電が27%、石油火力発電は8%、水力発電は8%、揚水発電1%、新エネルギーは1%です(いずれも2010)。なお、我が国の原子力発電は全て軽水炉(註―3)と呼ばれる、約440基の世界で運転中原子力発電所の80%以上を占めるタイプで、チェルノブイリ発電所の黒鉛減速軽水減速沸騰水型炉とは全く異るタイプです。

首都圏は電力不足による計画停電により節電を余儀なくされ、便利すぎた社会、家庭生活を見直す良い機会になりましたが、我が国は世界一の省エネ大国ですから節電には限度があります。短期的(数年から10年程度)には火力発電の緊急的増強、被害を受けなかった原子力発電所を津波対策の増強等を行い運転再開し、計画停電による国民生活、産業経済への影響を最小にする必要があります。

長期的に考えてみましょう。石油、天然ガス等は既に生産ピーク(オイルピーク)を過ぎ、資源争奪がエスカレートし、益々価格が高くなり、長期的には枯渇に向かうと言われてます。石炭はまだ量的には豊富ですが、いずれ石炭ピークになります。新エネルギーとして期待されている太陽光発電や風力発電は発電単価が原子力の5~10倍と高く、発電が不安定で、質量とも大電力には不向きと言えます。自然エネルギーを政策的に強力に推進しているドイツですら風力発電は6%、太陽光発電は2%に過ぎず、石炭と原子力(フランスからの輸入も含め)に大きく頼っているのが現実です。従って長期的に原子力発電に頼らないという選択は、恒常的な電力不足を招き、国民生活のみならず、産業は生産縮小、国外移転、雇用低迷、我が国経済は凋落し、国力は低迷の一途を辿ることになりかねません。

一方、我が国の優秀な技術者達は、今回の事故を真摯に反省し、奇貨として学び、津波対策を始めとして更なる安全性向上の研究開発をし、より安全な原子力発電所を作り上げる技術力を持っていると思います。

これだけの大事故が起きたのですからなかなか冷静に考えられないと思いますが、この機会にエネルギーや原子力のことを多くの消費者の皆さんが納得の行くまで、今後の我が国のエネルギーはどうあるべきか、原子力をどう考えるか、冷静に意見交換し自ら考え選択する、そういう過程を経るのが良いのではないでしょうか。原子力の今後については事故後の推移を見ながらさらに稿を改めてお話ししたいと思います。(原稿作成:平成23331日)

(註―1)シーベルト:人体が放射線を受けた時、その影響の度合いを測る物差しとして使われる単位。スエ―デンの放射線防護の物理学者、ロルフ・マキシミリアン・シーベルト(1896-1966)に因む。

(註―2)整地高さ:建物を建築する時に土地をならし地固めをする高さのこと。敷地高さとも言う。

(註―3)軽水炉:原子炉を水で満たし、熱により水を蒸気にし蒸気タービンを回して発電するタイプ。原子炉内の水を直接蒸気にする沸騰水型と、間接的に蒸気を発生する加圧水型があります。福島原子力発電所は沸騰水型です。