暮らしの中の放射線(久保寺昭子 東京理科大学名誉教授)

 ご紹介いただきました久保寺と申します。私は放射線を使って四十数年、この手で皆様の健康に資するための研究をしてまいりました。にもかかわらず、放射線は危ない、危険、そういうようなお声がいまだに私の耳に届いてまいります。今日は4名の方々から、それぞれ有意義なご講演がございました。私は、視点を変えて社会科学的な切り口から、再処理とかあるいは廃棄物の問題、こういうものを広い視野で考えてみたいと思います。

 中国は4000年の歴史があるといわれています。医療に関しても、古くからの蓄積された経験に基づいたいろいろな書物もあれば、中国なりの治療、予防の方法もございます。その中で、健康というものは排泄の科学であるということが主流を占めていた時代があり、今もそれが一本の柱になっています。どういうことかといいますと、身体の中に取り込む食事は全部異物なんです。この異物をいかに上手に自分の身体の一部にし、あるいは利用できるエネルギー源として利用していくか、そうやって私たちの命の炎は燃えていくわけなんですが、結果として必ず廃棄物が出ます。この廃棄物をいかに身体の中で上手に処理、処分して排泄していけるか、その排泄物の処理も含めてやっていけるか、これが中国の4000年来の健康の科学の一つの基本的な理念です。

 こうやって考えていきますと、私たちの身体くらい再処理リサイクルが上手くいっているものを、他に知りません。皆さんご存じないのかもしれませんが、ご自身の身体の中に化学工場があり、化学物質の変化によって異物を全て無駄なく処理し、私たちの健康を維持しております。一つ、二つ例を取りますと、今、化石燃料の廃棄物として、この廃棄物の処理を全く考えないで、私たちは50年くらいで膨大な炭酸ガスを大気中に放出してしまいました。私たちの身体の中のエネルギー生産のメカニズムの中でも、廃棄物としての炭酸ガスは出ます。ですから、皆さんは空気を吸って酸素を取り入れ、そして吐く息の中に廃棄物である炭酸ガスを出していますが、出しているだけではないんです。発生した炭酸ガスは有益に使われ、その残りの部分が出ています。何に使われているかといいますと、一つは血液があまり酸性にならないように、あまりアルカリ性にもならないように、血液の酸性度を一定にするための緩衝材として、廃棄物として出る炭酸が炭酸イオンとして使われています。

 私たちは、細胞から身体ができています。約100兆個の細胞があるといわれています。その細胞は、絶対に再生しない脳神経細胞と心臓の筋肉細胞を除けば、それぞれの寿命で新しく変わっています。アメリカの生化学者の一つの試算によれば、1秒間に5000万個くらいの細胞が一生懸命働いて、死んで、そして新しくなるという試算もございます。そういう新しい細胞ができる時に、中心の重要な部分の物質を合成する、身体の中で作り上げていく時に、この炭酸ガスの炭素が、プリン塩基というんですが、そのある部分は炭酸ガスの炭素原子が使われているということが実験によって実証されています。 こういう炭酸ガスの利用もあるのです。

私たちの体は一定の体温を維持していかなければ生きていけませんが、この体温維持に重要な役割をするのがエネルギー生産であります。エネルギーを作ることです。その時に絶対に必要なものは、エネルギー源とそれを燃すための酸素です。首を絞められて死ぬのは、酸素が呼吸をしても気道から肺に入っていかなくなるから死ぬのです。

 その酸素を吸ってエネルギー源を燃して、私たちはいろいろなことを身体の中でやっておりますが、その酸素の宅配便屋さんを皆さんは赤血球という名前でご存じだと思います。この赤血球は、13週くらいの寿命で新しいものにどんどん生まれ変わっていくのですが、どこで壊されるかというと、働けなくなった赤血球は脾臓という場所で分解されます。 そのときにできる黄色い色素、ビリルビンはそのまま排泄しないんです。もう一度、腸管循環と申しまして、腸から再吸収しまして、他のことに利用して、もう使えなくなると初めて尿中あるいは糞便中に排泄するというように、私たちの身体は皆さんが知ろうと知るまいとにかかわらず、リサイクルあるいは廃棄物の処理の非常にうまい仕組みが完成している一つのものだと思います。

 ところで皆さん、この身体、細胞からできていると申し上げたんですが、では細胞は何からできているのか。水とたんぱく質と脂肪とミネラルというお答えがあったとしても、それでは水やたんぱく質は何からできているのと素材を問われたらどうなりますか。地球上にあるすべての物質は原子からできているんです。水ですら二つの水素さんと一つの酸素さん、3人が一つに手を結ぶと地球上に出ている間、これを水と呼んでいます。でも、これはいろいろなことで結合が切れて分解することがあるわけです。そういうことで、地球上にあるすべての物質は原子からできているんです。

 私たちの身体も、もちろん、もう完全に解明されておりまして、約29種類の原子からできているということが知られています。この原子には、ちょうど宇宙に自分から光のエネルギーを出せる太陽と、お月様みたいに冷えてしまって何も自らはエネルギーを出せない星と、そういう2種類に分けることができるように、小さな小さな私たちの構成素材である原子の世界も、自分から自発的にエネルギーを出せる原子と、まったくエネルギーを出せない原子に分けることができます。

 百数年前、偶然のことから見つけられた放射線というものは、原子が出すエネルギーのことなんです。太陽から出てくれば、私たちは出会いが古いので太陽光、太陽エネルギーと呼んでいます。でも原子から出てくれば、ひとつひとつは小さくて、また手に感じることもない、五感に感じることもないのですが、これを放射線と呼んでいます。

 こうやって考えていくと、地球上には、自然界にたくさんエネルギーを放出できる原子がございます。そうしますと、いきおい私たちの身体からも自然に放射線が放出されていて、これは汚染したということではないんです。ですから食事の中にも建物の材料の中にも、こういう放射線というエネルギーを放出している原子がたくさんあるんだということをご理解いただけるのではないかと思います。

 この原子のエネルギーを原子力と言っています。原子力学会では、その一つの大きな柱だけしか扱っていらっしゃらないように、かねがね私は思っておりますが、もしかしたら認識が違うのかもしれません。でも、ご専門家には不服かもしれませんが、原子の力を大きく、社会科学的にわかりやすく二種類に分けます。まず一つは、大きな原子が割れるときに熱が出る。核分裂をするときに熱が出る。その熱を上手に集めて、タービンを回して発電しようというのが原子力発電であります。 もう一つは、原子自身が放射線という名前の下に放出するエネルギーがあります。

お配りした冊子「暮らしの中の放射線利用 〜トオル君の体験記〜」この冊子は文部科学省の委託により(財)日本原子力文化振興財団が作成しました。その20ページですが、平成9年度の実績を示します。図1は、1年間皆様方が電気を使われて、その電気代の中の原子力で発電した部分に払われた料金が、分かります。そうすると、その年、原子力、原子の力、二つに分けたものをまずこの円形で示したとしたら、その46%が原子力で発電した発電に皆様がお支払いになった金額です。こちらの54%は、皆さん方がいろいろなことに放射線を使って加工した品物にお支払いになった金額なんです。

図1 くらしの中の原子力利用

 その放射線の利用の方を少し内容別に見てみます。放射線利用は54%くらいありましたでしょうか。その放射線利用を今度は内容別に見てみると、なんと85%は工業利用しています(図2)。それから14%が医療利用、農業利用はわずかに1%しかありません。では、この85%の工業利用は何だろうかというのを次に見ていただきます(図4)。

 なんと、ほぼ4分の3は半導体に皆さんが支払われたお金です。ということは、半導体を作るのに、今では放射線無しにはできないのです。また、この放射線加工というところがあります。ここでは、皆様方の車に関係するものも多く、ラジアルタイヤは100%放射線加工品です。あるいは、高熱に耐えるような細い電気系統の電線が使われておりますが、その電線も放射線加工です。 こうなってきますと、絶対放射線を使ったものなんか使っていないとおっしゃる方は、何人くらい日本にいらっしゃるんだろうかと考えることがあります。

図2 放射線を使った産業

図4 工業利用


 ついでですから医療利用もご紹介しておきましょう。図3は、その年の医療部門の内訳です。14%くらいでしたね。全体の原子力利用の放射線利用の中の14%くらいが医療利用ですが、やはりX線撮影がまだまだ大きな部分を占めていますが、最近、コンピュータを使ったコンピューテッドトモグラフィー(CT)と言われる立体画像によって、病気の場所が非常に的確に形までわかるようになってきました。さらに、この核医学、アメリカではもっと多いですが、日本では放射性物質を身体の中に影響のない程度ですが、注入して、たとえば癌にぴたっとくっ付くような薬剤を体に入れますと、転移している癌のところにみんなその放射性薬剤が取り込まれて、身体の外から転移がどうだ、癌の場所、形がどうだ、手術が可能かなどということがわかるのです。あるいは、脳神経系の働きの研究もこの核医学の分野で大きく飛躍的に進展したわけです。

図3 医療利用


 最近では、放射線治療が非常に伸びてきつつあります。昔は、やみくもにガンマ線を身体の外からターゲットである癌細胞に当てて、その癌細胞に行くまでの皮膚には炎症が起きたり、びらんがでたりして、副作用の多いものという認識がございましたが、最近はガンマ線に替わって、粒子線のようなものが癌治療に非常にいいということが分かってきて、今日本では六つの場所に国が許可をした粒子線による癌治療の装置が入っていますが、これはやはり国民医療が平等に受けられるようにという考え方から、どんどんエリアごとに増やしていくような方向性にあるとうかがっております。

 こういう癌治療も進んできて、癌の治癒率は非常に高くなりましたし、先ほどのリスクのお話で、やはり癌というものを念頭において、いろいろなものの危険性を論じられている場合が非常に多いのですが、癌はその発生のメカニズムとか詳細を調べていくと、やはり生活習慣病の一つと言うそうです。癌になるか、ならないかは、ご本人の日常生活が、どのくらいリズミカルにきちんとできているかということにも大きく左右されます。決して、外から来る怖い病気ではないのです。

 こうやって考えていきますと、目に見えない放射線、怖い、怖いとおっしゃりながら、放射線の恩恵をこうむった物はずいぶん使っていらっしゃる。たとえば、アメリカなどでは、最近は、日本でももう許可になりましたが、老人介護用のおしめは放射線照射品です。これは、匂いを吸収する力が非常に強い品を作ることに成功しまして、老人介護の方たちの苦痛を低減できる。そういう意味では、アメリカに行くと、スーパーマーケットに女性の生理用品が照射品、被照射品として、きちっと説明が付いて並んでいます。私が見たとき、照射品の方がちょっと価格が高い時もありましたけれども、しばらく拝見していると、ほとんどの方が照射品をお買いになる。高いのにどうしてこちらを選んだのかと聞くと、使い勝手がいい、匂いがしない。非常に快適というふうなお答えが返ってきました。放射線は測れるので、管理もできます。

 放射線を正しく知って、正しく怖がっていただきたいと思います。放射線自身が何か悪いことをするのではないんです。放射線をどういうことに使うか、どういう状態にするか、物を見て、ことを見ずにならないような賢さを私たちは持ちたいと思っています。

 お時間が押しておりますので、もうちょっとと思っておりましたが、とりあえず、後はご質問をいただくことによってこれでノルマを終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございます。

(文責 部会幹事 天野 治)

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