エネルギー安全保障から見たリサイクルの価値
神田啓治(エネルギー政策研、京大名誉)





1960年代までは石炭が我が国のエネルギーの中心であり、多くの国家予算を使って石炭を保護していました。しかし、次第に石油中心へと移っていき、三井三池の事件はその転機の代表的なできごとでした。石油の時代に入ると資源は輸入中心となり、やっと我が国にも安全保障という概念が始まります。今回論文を出すにあたって、通商産業省が出しているエネルギー関連のすべての文献を調査しました。入江一友課長を中心にエネルギー・セキュリティーに関わる文章を全て抜き出して、それらの関係について一覧表にしました。表を見ますと、1980年代からいかに石油を安く買うかということが始まりました。最初は安く買えることはありませんでした。石油が日本に入ってこないので、とにかく入ってきさえすれば良かった。値段は二の次。毎年毎年買いあさった。買いあさりながら、できるだけ長期契約を結べないかということで、輸入するときに2年物、3年物、5年物、10年物とだんだん契約の年数を長くしていく。一方では、値段を安くするというのが問題になりまして、買値を安くするという二方向から交渉をした。日本のエネルギー安全保障は、石油を日本に入れることだけで精一杯だった。1973年に石油危機になりまして、オールジャパンで石油を手に入れろっていうので通商産業省(当時)とか外務省からの特使をどんどん出していました。私はメキシコへ行きました。色々な交渉をしたのですが、フランスは大統領が来るのに日本は大学の助教授が来るのか、と開口一番に言われたのが忘れられません。背に腹は代えられないので交渉にまわっているんだと。73年からの石油第一次ショック、さらに78年の第二次ショックと続き、要するにエネルギー安全保障は石油だったのです。その後に段々世の中が変わりまして、経済が外交の中心になりました。

ところが1990年からソ連の崩壊と関係があって、国際的な共通の認識としての環境問題があります。エネルギーは環境に優しいエネルギーこそがエネルギーだと。値段よりも安全性よりも環境にいいかどうかが中心になっていく。お手元にもエネルギー安全保障の概念の変遷(へんせん)の表がありますから見て下さい。最初の頃は需要がどんどん増えてきてどうしようかと。石油の輸入を長期安定させることがあります。89年までは、安い石油を安定して買いたい。しかし、89年か90年頃からは考え方が変わり始めました。コストが安いということと地球の環境保全とを一緒に考えるようになった。最近では、さらに逆転して地球保全を第一に考えるという風に時代が変わってきたわけです。風力や太陽光などが重要性を増し始めたわけです。環境に優しいということは必ずしも日本国民の関心のみならず、むしろ国際的な社会で環境問題が重視されだした。

なぜ安全保障学の学問体系が日本にないかといいますと、実は色々な論文を書きましたがエネルギー関係の学術雑誌が受け取ってくれない。どこに投稿しても安全保障のテーマは該当するものがありませんでした。唯一防衛学会は当てはまりますが、防衛学会というのは軍事力との関係が明確でないと残れない。いろいろ改正を試みましたが、結局最後は却下されました。やはり、日本は軍事力が重要であるという点の認識が不足しているようです。

エネルギー安全保障を考える場合、国際政治の考え方が参考になります。まず、安全保障の考え方はリアリズム学派、リベラル学派、そしてグローバル学派の3つの分野に分けられる。その違いを一言でいうと、リアリズム学派というのは主体は1カ国、自分の国だけを守ること。しかも、それを確保するためには軍事力を使う。これが基本的な安全保障の第1歩。ところが湾岸戦争のときに意見が分かれたのは、アメリカはこれをやりたいと言ったのですが、時期的にヨーロッパはそれを認めなかった。ヨーロッパ側はフランスとイギリスが中心になりまして、ヨーロッパの戦争だと位置づけてアメリカに協力するという形で湾岸戦争を開始した。その後にいくつかの戦争がありますが、戦争の度にもめている。例えばアフガニスタン問題の場合、リアリズムをリベラリズムにみせかける必要があった。アメリカがまず9月11日の後に何をやったかというと、特使を色々な国に送った。1カ国が軍事力で何かを守る時代は終わった。今の時代というのはグローバリズムの時代に移っている。1カ国の軍事力ではなくて、せめてリベラリズムという多国が一緒になって国際的なシステムを使ってやっつけようという考え方。こういうものの考え方じゃないと国際世論がもたない。それが国際政治学の世界なのです。今度、イラクと戦争をするのに国連も動かないし、主要国も動かない状態で戦争をやるとアメリカは大変な目に遭うと思います。

以前は1カ国の希望で戦争が起きていた。段々、多国が共同責任をとって地域でかつ多国籍でユニオンを組んでその地域の安全を保つ、というように変わってきた。さらにそれがどうして地球規模のグローバリズムになったかというと、環境問題は地球が全部つながっているので環境をやろうと思ったらあらゆる国が努力をしなければならない。

1997年にCOP3が京都で開かれ、私も出席しました。朝9時から始まる予定が12時、さらに夕方5時に延期されました。そしてやっと夜9時から開催したと思ったら10分してまた休憩になる。こんなに腹の立つ会議はありませんでした。一応、私は国立大学の代表すなわち文部省ということでしたので、5階のオフィスに出入りできました。通産省、運輸省、科学技術庁、そして文部省の部屋がありました。部屋は小さく人数は少なかった。ところが、外務省の部屋は大変大きくて、大勢の人々が忙しく働いていました。環境庁はその半分くらい。全然技術のわからない人達が高圧的な態度で、何で彼らが環境問題にこんなにむきになるのか、なぜ外務省が頑張るんだと感じました。あの国が何%でうちが何%、そういうことばかりやっている。通産省など技術の分かる連中と「しようがないな」とブツブツ言っていました。数値はどのようにして決まるかというと、理屈じゃなくて、この辺りでどうかとみんなで合意するかどうかによる。このような点からもグローバリズムの時代に入ってきたということ。国連ができたときはまだリベラリズムで、グローバリズムという概念は定着していなかった。環境とエネルギーの問題が実際はどんなものかというと、あまり中身のないつじつま合わせの国際会議が開かれている。

さて、もう一度国際政治学による分類に戻りますと、最初は国家の安全保障、2番目は国際的な安全保障、それからグローバリズムになって人類の安全保障、あるいは地球の安全保障になる。最初は自国でやっていたものが国際システムになる。現在、比較的国際的なコミュニケーションを取りながら動いている。アメリカは大国であっても勝手なことをしては失敗して叩かれている。理想的にはリベラリズムあるいはグローバリズムまで行けば文句を言われないのですが、それもなかなかできない。ところが地球環境を守るというテーマで、リベラリズムからいきなりグローバリズムでものを始めましたので混乱が起こる。外務省が作る国際約束事というのがしばしばうまくいかないのは、世の中がグローバリズムに走っているのに外務省は今までのリベラリズムの文書で書きますから非常に矛盾が発生する。分かっている連中は、あいつらは分かっていないなと言っているんですが。外務省は全ての外交は外務省にありと考えている。COP3のときも外務省は私たちに向かって、「文部省は関係ありませんよ。文部省はここから先へは入らないでください」、と。何もあんたに言われたくないよと言いたくなるんですけど。時代は変わっているのに安全保障を考えるのに矛盾がある。電気事業連合会にしても、「環境に優しい原子力、原子力を増やしたらこんな風になる」というパンフレットをいきなり配っている。これはダメだと思う。色々なことを分かって、その上で原子力なんだといったら分かりますけど。全体が政治学のような国際バランス、湾岸戦争やイラン戦争、その他アフガニスタン、そういうこととエネルギーっていうのはこういうことだと説明しなくては、今や国民に聞いてもらえない。本日お配りした入江氏の論文をあとでゆっくり読んでみて下さい。かなり長い文章ですが、そこに割合丁寧に書いてあります。
エネルギー安全保障問題をまとめるにあたって、金属資源と食糧資源がエネルギー資源とどう違うのか論じられています。食糧資源というのは非常に身近で明日にも、ということになりますが、金属資源というのは、あまり我々の生活に関係ない。ザイールの内戦のとき世界市場からコバルトがなくなり、日本からもコバルトがなくなるということがありました。鉄鋼業界、新日鐵だとか住友金属、神戸製鋼、その辺りから働きかけがあり、私も巻き込まれました。国際的な地位があるんだから材料のコバルトを密かに手に入れる方法を考えろと。その出来事が金属事業団を作るきっかけになりました。すなわち金属資源の備蓄になった訳です。最近、金属事業団は役割を終えたので解体されると言っていますが、私は事業団を守れと思っています。備蓄をしておきますと、戦争が起きたときにも慌てなくて済む。資源は点在している。どこにでもあるというのではなく、市場から足りなくなる。日本は何を守るのかを知ること。このようなことが日本の欠点をあからさまにしている。

日本は幸か不幸か資源が全くない。資源が全部外国から来ているから国内では解決しない。何で守るのかという問題ですが、これは一般的に言えば軍事力なのです。日本だけでは国は守れない。軍事力では欧米に勝てない。何で守るかというのは非軍事力の政治的、経済的な手段によって、それを守るというのが我が国の方針。湾岸戦争を思い出して下さい。イギリスやフランスは湾岸戦争にすぐ乗りました。そういう国と日本を比較するとき、軍事力が使えるか使えないかが重要なポイント。軍事力とエネルギー安全保障とは深い関係がある。日本人の場合、軍事力という点で認識に欠落があるということを指摘しているわけです。日本では軍事力というものをすごく嫌う。

役所で審議される場合、「将来の日本は」という文章が出てきます。これは前後の文章から何年先を言っているかというと、1つの報告書の中で年代が5年になったり、10年になったり、20年になったり。それで、もう一度整理したいというので年代に関する文章を整理してみました。長期計画といっても実は全然長期を考えてない。もう一度安全保障問題を整理してみますと、短期が数年まで、中期が数十年。長期が100年を超えるようなもの、とすれば分かりやすい。数十年だったら別の資源があるかも知れないと探したり。100年を超えるとなると、現在考えられているものよりも新規の技術で新しいエネルギー源を見つけなければならない。日本の長期っていうのは何を意味するかを整理しなければならない。我々が長期的って言うのは何年のことを意味しますかと問わなければならない。

話は変わりますが、京都大学で「2040年の世界」というセミナーをしていました。2040年に世の中がどうなっているかを1人ずつ発表させる。討論の時間を含めて1人1時間半で半年に12人ほど、3日間でやります。30〜40人の学生の前で発表する。テーマとして取り上げた問題の概念が、自分が定年になる歳にどうなっているかを考える。65歳に世の中がどうなっているかを考えなさいと。学生達が就職を考えるに当たり、彼らにとっての長期とは何か。とりあえず自分が死ぬ時を考える。あるいは定年になる時を考える。孫の時代を何とかなんて考えなくてよろしい。孫の孫なんてなおさら考えなくてよい。とりあえず自分が死ぬときのことだけを考えればその次のことは考えない、とよく言ってます。フランスの小話をしたら大笑いになったことがあります。ネアンデルタールの洞窟から変な文字が見つかったと。一生懸命解読したら何が書いてあったかというと、「最近の若い者はなっちゃない」と。ネアンデルタールのころから、次の世代の者には夢がないとか言っていても、実はちゃんと生きているわけですね。ネアンデルタールを引用するまでもなく、我々はいつの時代もずっと同じことを言っているのです。長期計画はせいぜい30年ないしは50年を考えれば御の字だと。安全保障の問題はここまでにします。

我が国の原子力というのは電力の4割近くを占めている。地域別に見ると中部電力がやや少ないということはありますが…。諸外国は全部同じ周波数を使っている。一つの国に50サイクルと60サイクルがあるなんていうのは世界で日本だけです。5年位前まではヨーロッパに2つの周波数が混在していましたが、改善されました。今や50サイクルと60サイクルがあるのは先進国では日本だけになりました。日本の電力の特徴は、(1) 電力のベストミックスを考えている。(2) 公益事業という意識が強い。昨年、国連の電力会議がありました。一応日本からは私が代表ということで、壇上に数回上がってしぼられました。やられたのは、太陽光発電に補助金を出しているのは罪であると。太陽光発電はアメリカでは禁止になっているそうです。太陽光発電は全体的に見ると炭酸ガスを大量に放出している。太陽光発電は日本に限ってみれば、くずシリコンを太陽光用に利用しているのでいいとしても、アメリカとか弱小国が太陽光発電をするとくずシリコンがないので環境に良くない。そこでアメリカでは禁止になってしまった。いずれにしても日本は補助金を出している。いくら出しているのか、最近はどうなっているのかとかいろいろやらされまして。もう一つ私が言ったことは、日本では電力は公益事業であると。そのときに会場が公益事業といったら、どっと笑ったのです。彼らに言わせると、日本はまだ電力が公益事業だと思っている。電気はビジネスチャンス。電気をやれば儲かるんだから、と。必死になって、そのことを説明しましたら、また会場が笑って。日本は資源が何もないから停電すると産業が衰えるし困る、と説明すると、「日本の代表はこんな説明をするんですよ」、と。馬鹿にするなって言いたくなりましたが。彼らの理屈から言うと、エネルギー問題、特に電力問題は公益事業ではなくてビジネスチャンス。自由化は是非やるべきだという、こういう声が国連の会議で話され、そういう気持ちの人がたくさんいる。しかし、ベストミックスは日本だけでもやらなければならない。アメリカはベストミックスという考え方はありません。実は、ヨーロッパは全体でベストミックスであり、フランスだけのベストミックスという考え方はありません。フランスの原子力、ドイツの石炭、デンマークの風力等まかり回ってヨーロッパ全体でベストミックスをしている。どこか一つの国と比較して日本のベストミックスを論じても意味はありません。日本だけは島国であって、電線が他の国とつながっていないからです。

原子力政策とリサイクルの価値ということから言えば、日本のように資源に恵まれていない国にとって安全保障という点で意味がある。(3) 政情が安定している国からウランが産出されているので、何かが起きてもそれに巻き込まれるのが少ない。(4) 燃料費が発電費用の2割と少ない。(5) 燃料の備蓄が容易である。(6) 炭酸ガスの問題にしても利点がある。

先週スウェーデンとフィンランドへ視察に行ってきました。大変ショックなことですが、どちらの国もこれが最終処分場じゃないと言っているのです。全てのウランは後で取り出して再処理できるように置いてある。処分場ということにしておいて、大体100年先にウラン資源がなくなるとして、使用済燃料を再利用する。高速炉に成功したらプルトニウムが必要になって再処理する。他のエネルギー源が見つかって原子力が不要になれば、その時は処分場で永久処分をする、という考えです。もっと驚いたことに、フランスの研究所がスウェーデンにある。スウェーデンの地下に。いかに簡単に取り出せるかの研究をやっている。フランスの再処理は軽水炉全部が再処理できるとは限らないからと。部分的に使用済燃料のままで置いておいて、再利用するという可能性はあり得るということだそうです。スウェーデンで技術的研究をやっている。 日本は全てを再処理しようとしているが、100年先のことを考えた場合大丈夫だろうか。MOX燃料の形にして持っておけば核兵器へ転用されにくいという考え方がありますが、アジアの多くの国から日本は核兵器用のプルトニウムを持っているのではないかと言われる恐れがある。一方、スウェーデンもアメリカもいつでも取り出せるようにしている。何事もおきなければ処分ですが、何かおきれば一度に引っぱり出す。それも埋めては取り出し、埋めては取り出すと言うのです。 これから再処理を考えるのに、日本の800トンがオーバーフローした場合どうするのかを検討した方がよい。 もう一つだけ。 リサイクル原則でいくと高速炉は絶対に必要になる。この間石原慎太郎知事から、「エネルギーにっぽん国民会議」でげきを飛ばされたのは、「原子力の連中は何をやっているんだ。高速炉をやったらいいではないか。高速炉ができれば事態が一変すると。プルサーマルだけで原子力を長年もたせることはできない。プルサーマルは中期的なものとしてはいいが、長期的にはやはり高速炉だ」と。 スウェーデンは国民投票をして原子力発電を中止すると決めたというニュースがありました。スウェーデンでは国民投票を今まで5回やったそうです。そのうちの一つは、自動車の左側通行をヨーロッパに合わせて右側通行にしてもよいかというもの。すると、なんと84%が反対だったそうです。それでも16%も賛成があるのならいいじゃないかと言って、議会は右側通行に決めたそうです。スウェーデンでは、国民投票とは単に参考までに意見をとるのに過ぎないそうです。我が国の報道によると、国民投票で原子力を止めた方がいいという人が半分を超えたと大げさに伝えられました。スウェーデンでは投票があってもなくても84%の反対でも平気で逆のことをやる。スウェーデンは原子力発電を全然やめない。みんなの意見を聞くと9割の人は止める気が全くないそうです。次の国民投票はEUに参加するかどうかで、実は国の方針はもう決まっているのだそうです。そして、次はユーロに参加するかどうか。今、スウェーデンだけはクローネという通貨単位を使っています。クローネをやめてユーロに変えますよというための投票です。ところが政府としては、100%クローネがいいといってもユーロ導入をやりますよと言っている。国民に対して、国民投票はやりますよ、いいですね?と一応宣言をしている。あなた達の意志を表明することはできたんだから、結果がどうであれ従わなくちゃいけない。それが国民投票ですよと。非常に分かり易い説明。 一方フィンランドですが、地層研究所のあるオルキルオトの要職にある市会議長、党議員などと議論しました。議員達は無給のボランティアであり、町民の人数が減らないよう、またそこで働く人の雇用が進み、彼らの納める税金が増えれば補助金はいらないと強調していました。 日本で国内にいてその情報だけで判断して物事を決めないで。よく考えて、しっかりやってもらいたい。長い目で見て、高速炉も再処理も一生懸命推進して下さい。

10分ほど時間がありますので、この機会に聞きたいことがあれば、どうぞ。

(天野)幹事をやっている天野です。今日は大変いい話を聞かせていただいて、有り難うございます。私も挨拶のところで申し上げたんですが、戦略が非常に大事ではないかと先生のお話の中に国際政治学とか戦略が明確に延べられています。もう一つ、悩ましいのが。これをPAにどう展開していくのかだろうと思うんです。先生のおっしゃっているのも非常に明快です。感銘ですが、ここを今度、例えば政治家とかオピニオンリーダーとか日本を動かしている方にどう発信していくのか。あるいは、その中で部会なり学会がどういう役割を担えばいいのか。その辺でご意見があれば。

(神田)政治家の相手をするなら簡単です。政治家達に言わせると、「国家のために立案実行することと選挙に勝つことは別だ。私たちは選挙に勝つことだけで生きているようなもので、許されるぎりぎりの線を守りながら選挙に勝つ方法を考える」とのこと。みんな選挙に勝つためなのです。幸か不幸か、私は大臣たちの3分の1くらいは個人的に知っている。よく国会議員の家庭教師に呼ばれますから、このことに関して来てくださいと。やはり、大臣には頭がいい人ばかりなっています。習っているっていいますけど講義をした経験上、ダメだなと思った人はまず大臣になりませんから。大臣はいい加減になっている訳ではないように思います。政治家達に説明するのはむしろ簡単なのです。難しいのはマスコミの人達。電力中央研究所は私を顧問として迎えてくれました。東電の事件がおきまして、わーっと新聞社が顧問室に来てディスカッションします。新聞社は元来売れることなら何でも書く。いいこと、正しいことを書くのが新聞社じゃない。新聞社は売れる記事を書いて、なんぼやと。正しいことを書くと思ったら大間違い。日本の常識では、新聞社が売れるためだったら何でも書くという考えはありませんから。

もう一つ、9月に大阪で多くの国のエネルギー関連の大臣達が集まる国際エネルギーフォーラムが開かれました。9月22日に平沼大臣に会ったのですが、そのときの話。日本を含めアジアへ輸入する石油代がヨーロッパに比べて2割近くも高い。どうしてアジアが高いのかと平沼さんが一生懸命頑張って、アジアにもヨーロッパ並みの石油を売ってくれと言ったら、同意したのはインドの代表だけ。中国も台湾も韓国もノーレスポンス。なぜ、ヨーロッパは安く手にはいるかというと、エネルギーチャーターという組織がありまして、どこでいくらで買ったかを登録する制度がある。高いものを売りつけられていないかコントロールしている。ところがアジアはその都度値段の交渉をして決めている。とにかく1割5分から2割、高い石油を買っている。それを平沼さんが必死になって演説をされたのですが、うまくいかなかったようです。やはりヨーロッパは一体感があり、一方アジアのバラバラ感はなかなか解決できない。アジアは今まで、石油輸出国のインドネシア、ブルネイなどがありましたが、インドネシアは力が無くなりましたから。とにかくこれまでアジアは輸入国だけじゃなかった。ヨーロッパはイギリスを除き全部輸入国ですから早くから石油価格のコントロールをしていましたけど、アジアはそれがありませんから。

(会場)先生、ちょっと私から。国の安全保障の大きな流れ、全体像を良く理解して…。安全保障にいかに投資して、いかなる金をかけるか。最適規模とか、かけ過ぎた方がいいとか、例えば普段はかけないで危ないときだけかけるとか色々な考え方があると思うんですが。安全保障に対する投資の考え方がありましたら。

(神田)エネルギーに関して言えば、高速炉は何が何でも金を注いで行うこと。高速炉を日本で最初に動かしたら、世界が全く変わると思う。プルトニウムを国産で持っていれば、バーゲニングパワーになります。とりあえずもんじゅですね。もう一つは、原子力と共に天然ガスが重要となるでしょう。ヨーロッパは全部天然ガスの方向に向かっています。各国ともパイプラインをよく整備しています。日本にはガスパイプラインが全くと言っていいほど整備されていないのです。日本にはガス会社が大手で4社、中小企業は237社、微細なものまで含めると3万近くもある。日本のガスが世界的に見ていかに弱いか。島国で陸続きのガスパイプラインができない訳ですから、液化ガスを使わなければならない。

その点、高速炉が一番のバーゲニングパワーである。他の国が止めているのを、むしろしめたと思うべきではないでしょうか。もう一つ。ナトリウムはじゃんじゃん漏れるものだということを認識する。サイクル機構のもんじゅの開設式典のスピーチで、「これはナトリウム漏洩試験機だと挨拶したらどうか」、と言いましたがもうこてんぱんにやられました。ナトリウムが漏洩しないわけがないんだから。たまたま上手くいった常陽を参考にしても、漏れないはずはないと言っている。1滴でも漏れたらいけないというのはおかしいですね。とにかく高速炉は開発すべきです。

(杤山)最後に一つ。東北大学の杤山です。非常に嬉しく思うんですけれども。日本ていう国がエネルギー・セキュリティーが非常に複雑な国というのが、はっきりわかるんですが。世界全体をみても、やっぱりそうやっていかないといけないんですよね。先程、先生にご講義いただいたようにグローバリズム学科のようなものが流れとして出てきたら、そういうことに気がついて。例えばアメリカみたいな国でも高速炉をやるべきだとか。エネルギー保障も考えるべきだとか。そういう流れがあってもいいんじゃないかと思います。

(神田)アメリカは違いますよ。学生時代のルームメイトのロックフェラーに言わせると、エネルギー資源が揃っているので、あれがダメならそれ、それがだめならこれがあると言ってエネルギー政策がない。何しろ一族で石炭と石油をかなり押さえていますからね。アメリカでは近く原子力を始めなくてはいけないが、そのための言い訳が見つからない。何しろ今のアメリカでは原子力発電所は絶好調ですからね。定期検査は24カ月ですし、維持基準もはっきりしまして。寿命は一応60年としていますが、もうじき60年が来るのです。その時に上手い具合に理由がほしいと。新規の原子力発電所を造る理由として何か一番いいかというのを一つだけばらします。ソ連の解体核兵器をMOXにして燃やすとそれは兵器じゃなくなる。5月にエネルギー省の次官に会いましたら、2基造りたいというようなことを言っていた。そのためにMOX工場をアメリカに造りたい。MOX専用工場を造るのです。同じものをロシアにも造るが、アメリカに造るのはアメリカがお金を出す。が、ロシアに造るMOX工場の費用は日本が出してくれないかと。そうすると、2個同じものを造ることになるのでアメリカは安く済む。これで世界の平和に貢献したことになると皮算用しています。サイクル機構のバイパックはどうなるんだろうと心配しています。

ちょうど時間になりましたので、これで神田先生のご講演は終わります。