NDDニュースレター 2007年 第7号 (通巻第84号)

2007/6/25

Table of Contents

会合の報告

ND2007,スウェーデン訪問記

(JAEA) 岩元洋介

核データ国際会議2007(ND2007)がフランスのニースで開催された.私は,原子 力機構,高度情報科学技術研究機構,高エネルギー加速器研究機構が共同開発 している粒子・重イオン輸送計算コードPHITSに,新しく導入した20 MeV以下 の低エネルギー中性子入射反応に関して,個々の衝突イベント毎にエネルギー と運動量を保存する「イベントジェネレータ」の発表をするためと同コードの 普及活動を行うために参加した.核データ国際会議への参加は初めてであった が,核分裂及び核融合エネルギー,加速器技術,線量測定と遮蔽,天体物理と 宇宙論などなど,かなり幅広い分野の研究発表が行われ飽きない会議であっ た.

会議の中で,PHITSコードに関連する議論に注目した.CERN等の国際協力で開 発が行われているGeant 4での,医療分野応用へのユーザーインターフェース が報告された.PHITSコード普及のためにも対抗してユーザーインターフェー ス開発が必要と感じたが,人材,資金不足で圧倒的に不利と感じた.フランス 原子力庁CEAのグループから,100 MeV - 数GeV領域の非弾性散乱イベントを発 生させる物理モデルINCの改良について報告があった.改良後INCモデルを組み 込んだMCNPXによる計算結果は,中性子生成の角度とエネルギーの二重微分断 面積が,0度以外の実験結果をほぼ再現していて,PHITSのINCも検証,改良が 必要であると感じた.同じくCEAのグループから重イオン入射による厚いター ゲット中での核種生成計算に関する報告があり,MCNPXでは核種生成量を全く 計算できないので,核種生成計算には精度良く計算できるPHITSの使用を強く 薦めるとのコメントがあった.また,私の最近の研究である「陽子,重陽子入 射によるベリリウムからの中性子生成二重微分断面積測定」に近い内容のポス ター発表があり,情報交換を行って実験解析上重要な情報を得ることができ た.

「PHITSコードにおけるイベントジェネレータの妥当性検証とその応用」のポ スター発表では,数名のPHITSを全く知らない外国研究者から基本的な質問が あり,少しでもPHITSを理解していただくことができたのが良かった.20 MeV 以下の中性子入射反応に関して,α粒子以下の軽い核種のみのエネルギー付与 計算ができるMCNPXに比べて,PHITSでは全ての反跳原子核に対応していて,半 導体ソフトエラー解析にコードの適用ができる点もわかっていただけた.3名 の外国人研究者から核種生成収率及び重陽子入射反応の計算にPHITSを利用し たいとの申し出があり,早速ユーザー登録に必要な情報を提供し,登録を行っ た.

また,今回のND2007国際会議の機会に,PHITSの共同開発者であるスウェー デン・チャルマー工科大学のシーバー教授の研究室を訪ね,研究内容の情報交 換を行った.シーバー教授研究室のPhD学生の3人(Tessaさん,Gustafsson さん,Davideさん)とお互いの研究内容をそれぞれ発表し理解を深めた.Tessa さんの研究は,重イオン入射反応によるフラグメンテーション生成断面積の測 定結果をパラメータ化し系統式を導く内容であった.Gustafssonさんの研究 は,宇宙放射線の環境を模擬するモデルCREME96,SPENVIS,SIRESTコードの比 較検討であり,将来はPHITSによる結果を加える予定である.また,Davide さんの研究は,C-9入射反応を用いた放射線治療に関するもので,PHITSはC-9 入射に対する軽核生成反応を正確に模擬できないという問題点を指摘された. 私はPHITSのイベントジェネレータモードについて発表し,「20MeV以上への拡 張の期待」,「半導体ソフトエラー解析,放射線損傷等の応用への共同検討」 等のコメントを頂き,これからもPHITSコードの発展で協力しあうこととし た.

ND2007会議の前後に,ニースの市場,海岸,そして東北大の中村先生のご案内 で近くのエズ村を観光でき,南フランスの情熱を十分に肌で感じることができ た.また,シーバー教授には研究交流の前後に,スウェーデンのイエテポリを 隅々まで歩いて案内していただいた.イエテポリはスウェーデン南西に位置す る小さな港町で,ボルボの本社があることで有名だそうだ.緯度は日本より遥 か北に位置するが,大西洋の暖流のおかげで暖かい.幸いにも当日は大学のお 祭りがあり,学生が作成した改造車のパレードが街中であった.シーバー教授 のご配慮で,十分にスウェーデンを堪能することができた.深く感謝および御 礼申し上げます.

INPC2007参加報告

(九大) 渡辺幸信,(JAEA) 小浦寛之,千葉敏

International Nuclear Physics Conference (INPC2007)が6月3日から8日にか けて東京国際フォーラムで開催された.主催は日本物理学会,日本学術会議, IUPAPで,共催はKEK,理研,原子力機構,RCNPである.この会議は3年毎に開 かれる,核物理分野では最大の会議で,前回はスウェーデンのイエテボリで開 催された.今回 の参加者数は 429(日本人)+337(外国人)=766人であった.核 データ国際会議の倍程度の規模ということになろうか.また,今年は湯川秀樹 博士生誕100年ということもあり,6月2日に,同じ会場で『湯川博士と原子核 物理学』という記念講演会が開催された.

今回の会議の開会式には天皇・皇后両陛下が参列されてお言葉があった.内容 は宮内庁のHP http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/okotoba-h19-01.html から全文見ることが出来るが,原子核物理が,その応用においてエネルギーの 創出や医学利用により人類社会に貢献していることや,湯川博士のノーベル賞 受賞が戦後自信を失っていた日本人を勇気づけたこと,また,戦後理研のサイ クロトロンが進駐軍の手によって東京湾に沈められたこと,広島,長崎の原爆 によってほぼ20万人がその年の内に亡くなったなど,非常に踏み込んだ内容 で,最後に

『今後,このような悲劇が繰り返されることなく,この分野の研究成果が,世 界の平和と人類の幸せに役立っていくことを,切に祈るものであります.

原子核物理学と,それに関連する様々な分野の研究者が,国の内外から一堂に 会するこの機会に,実り多い討議が行われ,研究者相互の理解が深まり,会議 の成果が世界の人々の役立つものとなることを願い,開会式に寄せる言葉とい たします.』

というお言葉で締めくくられた.陛下のお言葉は,日本人だけでなく,その場 にいた満場の聴衆の深い感動を呼び(会場では,陛下は日本語で話されたが, 英語字幕が同時に示された),急遽英語訳が印刷されて参加者に配布されたほ どであった.

INPC2007の含む内容は非常に広範で,標準模型とその先,ニュートリノ物理, 高温高密度QCD,ハドロンの構造,原子核内におけるハドロンの性質,核構 造,核反応,天体核物理,原子核物理の応用と学際領域,新施設と測定装置と いうトピックスがあった.国内ではJ-PARCの完成が近づいて,ニュートリノ, ハイパー核関連分野の活動がますます盛んになると期待されており,それらに ハイライトの一部が置かれていた.

本会議には核データに深く関連する内容も多く含まれていた.しかし,会議は 午前中のプレナリーセッション終了後は,7会場に分かれてのパラレルセッ ション+2会場でのポスターという形式のため全体を網羅することは不可能なの で,このニュースではその極一部を紹介するにとどめる.興味のある方は,湯 川記念講演会を含めて,主要な講演のパワーポイント,またはpdfファイルを http://inpc2007.riken.jp/index.html からダウンロードできるのでそちらをご覧下さい.プログラムは,INPC2007の HP http://www.inpc2007.jp/ で見ることができる.

我々がくみ取ったキーワードとしては,QCD,QGP,ニュートリノ,三体力,テ ンソル力,ハイペロン-ハイペロン相互作用,超重核,新しい殻構造,少数粒 子系の構造と反応,天体核物理,応用・・・であろうか.

その中で特に興味を引かれたのが少数粒子系の反応で,リスボンのFonsecaの 講演では,最近はカイラル摂動論に基づく三体力を含む三核子系や四核子系の 厳密計算が可能になったばかりでなく,12C+d反応を12C+(n+p)の三体反応と見 てFaddeev理論による計算も行われ,CDCC理論の妥当性の検討までが厳密計算 によって可能になっていることが示された.国内グループからも,元々CDCCを 提唱した九大グループ,複素スケーリング法を散乱状態に拡張した北大グルー プなどから活発な発表があり,従来手法では計算の困難な軽核の核データ計算 に応用可能な計算手法が着実に進展して来ていることが伺えた.少数核子系の 分野では国内の実験のアクティビティーも高く,理研の関口氏が,今回初めて 制定されたIUPAP Young Scientist Prizeを受賞した3人の中に選ばれた.

3日目の水曜日には,飛び入りの形で,理研仁科加速器研究センター長の矢野 安重氏から10分間の緊急報告があった.理研仁科センターでは今年からRIビー ムファクトリー(RIBF)の稼働を始めている.本報告ではその簡単な説明と,こ の会議の前週に行われた稼働後最初のテスト実験において,新同位体となる中 性子過剰核Pd-125の合成に成功したことが紹介された.発表最後のシートには 「The great launch to explore nuclear world so far inaccessible!」の一 文で締めくくり,順調なスタートであることをうかがわせていた.この成果は 直後に新聞記者発表が行われた.

また,6月21日に某新聞紙上で,筑波大のスパコンを使って東大と筑波大の協 力で格子 QCDの計算手法を発展させて核子-核子間力の計算がされたことが紹 介されたが,プレプリントサーバーに発表されていた当該研究の内容も随所で 紹介されていた.斥力芯の存在,中間領域での引力,遠方での一パイ中間子交 換力という核力の様相が第一原理計算でとうとう明らかにされたわけで,いず れ核データの分野にも大きな影響を与える内容である.

核データに直接関係するセッションとして儲けられたNuclear Application セッションではエネルギー,医療,環境,マイクロエレクトロニクス等の分野 への原子核物理の応用について議論された.以下,本セッションにおける口頭 発表全7件の概要について述べる.

Lhuillier(CEA)は,原子炉からの反ニュートリノスペクトルの精密測定結果を 炉出力のリモートモニタリングや核不拡散活動に利用する計画について講演し た.なお,ND2007でもSafeguards & Securityのセッションで同じ研究グルー プによる口頭発表があった.

核データコミュニティでよく知られたMengoni(IAEA)は,n_TOF実験についての 現状と展望に関するレヴューを行った.

仁井田(RIST)は,汎用粒子・イオン輸送計算コードPHITSに関する現状につい て報告し,シングルイベント現象への応用を例にして,最近機能が追加された event-generatorモードの有効性を強調した.

医療応用は2件あり,まず,歳藤(KEK)は,炭素ビームを使った癌治療の線量評 価に必要な200MeVおよび400MeV/A入射炭素のフラグメント測定をエマルジョン 法で行った実験@放医研ならびに半経験模型計算との比較結果について報告し た.次に,Song(CAS, China)は,最近開発した放射線治療用の線量評価 コードシステムの概要を報告し,4件の関連ポスター発表で詳細報告を行った.

Burke(LNLL)は,ND2007でも多くの発表があった代理(surrogate)反応を使っ たアクチニドの核分裂断面積測定について報告した.今回のINPCの応用のセッ ションでも口頭発表として代理反応が取り上げられたことを強調しておく.

最後は,渡辺(九大)が原子核物理のIT社会への応用例として,宇宙線誘起シン グルイベントアップセットを取り上げ,シミュレーションに必要な核データと いう視点で最近の研究成果について発表した.

本トピックスに関連するポスター発表は全25件であった.核データ測定関連発 表として,原子力機構から3件:光反応断面積測定(原),中性子捕獲断面積測定 (原田),即発ガンマ線測定からの準位レベル構築(金),ならびにPomp (Uppsala)によるEFNUDAT(核変換用核データ欧州測定ネットワーク)の発表が あった.

会議の最終日にはITERや原子力分野の現状に関する講演も儲けられた.原子力 に関してはFrois(Sacley)がグローバルエネルギー展望における核分裂エネ ルギー利用の将来像について語った.天皇陛下のお言葉どおり,原子核物理 が,応用として核エネルギーに深く関係していることを考えれば,これらの発 表がINPCに含まれていたのは適切であったと思う.

以上,ここには書ききれないが,ハイパー核やニュートリノ物理など,日本が 世界をリードする多くの分野での成果発表とともに,直接,間接的に核データ に関連する講演も多数有った.良く話してみると,核物理分野の多くの研究者 が,実は自分の研究が世間の役に立つ事も希望しており,またせっかく『応 用』というセッションが設けられたこともあって,核データコミュニティーか らもう少し多くの参加があってもいいのではないかと感じた.尚,次回は2010 年にバンクーバーで開催されることが決まった.

核データ部会からのお知らせ

● 現在の部会員数:160名 (2007/05/25 現在)

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