NDDニュースレター 2006年 第6号 (通巻第77号)

2006/11/21

Table of Contents

会合の報告

Wonder 2006に参加して

(JAEA)原田秀郎

(LANL)河野俊彦 (京大炉)堀 順一

原子炉応用のための核データ評価に関する第1回国際ワークショップ (Wonder 2006: Workshop On Nuclear Data Evaluation for Reactor applications) は,2006年10月9日より11日までの3日間に渡り,CEAのカダラッシュおよびNEA のAENの共催により,フランス カダラッシュ研究所からバスで数分のところ に位置するカダラッシュ城で開催された.参加者は,約60名であり,内訳はフ ランス24名,米国11名,ベルギー6名,ドイツ4名,ブルガリア4名,イギリス3 名,日本2名,国際機関NEA 2名,ロシア,ハンガリー,オランダ,ルーマニア から各1名ずつの参加であった.

ワークショップでは,41件の口頭発表と6件のポスター発表があった.1日目 は,核データ測定に関する口頭発表が12件,2日目は,核データ理論および評 価に関する口頭発表が15件,3日目は,核データ評価用コードおよび核データ 誤差評価コードに関する口頭発表が,14件あった.発表のほとんどは20分発表 で5分の質問という形式であったが,2時間程度毎に30分のコーヒーブレークが 用意されており,必要な議論はここで行うことができた.昼食は必然的に全員 カダラッシュ城のレストランで取ることとなるため,ここでも情報交換ができ るように配慮されていた.60名規模の会議は情報交換をするにはきわめて効率 のよい規模のものであった.

核データ測定のセッションでは,Np-237の熱中性子捕獲断面積が1つの大きな 話題となった.CEAサクレー研究所のLetourneauが,グルノーブルの高束中性 子炉ILLを用いておこなった最近の結果として180±5バーンを報告する一方, JAEAの原田(著者の一人)は,京大炉を用いて行った最近の結果として169±4 バーンを報告した.従来の核データ評価値間に存在した181バーンと162バーン という大きな差は解消されたものの,放射性核種の熱中性子捕獲断面積の測定 は困難なことが参加者の間で認識された.熱中性子捕獲断面積は,エネルギー の高い中性子捕獲断面積の規格化にも利用される重要なものであり,エネル ギーの高い領域を測定した米国ロスアラモス研究所Ullmannや,Npの評価にか かわっている米国ロスアラモス研究所Kawano(著者の一人)およびCEAのNoguere などの関心を集めた.発表後,測定データ間の差について,Letourneauらと議 論したがその原因は明らかとならなかったため,今後メール等で情報交換を行 うこととした.

核データの測定では,この他に,セルン研究所やロスアラモス研究所で行われ ているプロジェクト研究の進捗がレビューされた.米国のRensselaer Polytechnic Instituteの電子線加速器施設が核データ測定のために設備更新 されたことは新しい動向である.また,欧州の若手研究者より飛行時間測定法 による中性子捕獲断面積測定におけるバックグラウンドの問題点や解析手法の 改善に関する詳細な研究が多く報告された.本分野の世界的権威である Kaeppelerは,飛行時間測定法と放射化法による断面積測定データの相互確認 が信頼性の確保のために有効であることを指摘した.

理論や評価に関して手法という観点からは新しい話題は少なかったようであ る.共鳴領域の理論は何十年も前から議論されており,新しい視点からの研究 というのが難しいのが一つの理由であろう.それを代弁して余りあるのが,ブ ルガリアのLukyanovによるR-matrixの講演だった.氏は "Multilevel Parameterization of Resonance Neutron Cross Sections"という講演タイト ルだけのスライドを表示したまま,40年以上にわたる共鳴公式の歴史を得々と 紹介していた.なお氏の理論はAdler-Adlerを拡張したもののようであった.

共鳴理論そのものの話題としては,SaclayのRibonが厳密なR-marixとReich- Moore(RM),MLBWの近似を比較して,その妥当性を議論した.RMとR-matrixの 差異は非常に小さく,この近似の良さを再確認した形となった.RibonはBWMN という名称を用いておりやや混乱したが,これはBreit-Wigner Multi-Niveaux の略でmulti-levelのフランス版だそうである.

非分離領域の理論では,主に2つのアプローチがあり,強度関数や平均共鳴幅 等の非分離共鳴パラメータを用いて断面積を表現するものと,光学模型と統計 模型で断面積を計算する方法である.ブルガリアのKoyumdjievaは,非分離共 鳴パラメータの中に周期的な共鳴を仮定することで非分離領域の平均断面積の 解析解を求める方法を提案した.非常に数式密度の高い講演であったが,非分 離パラメータから断面積を出したいならNJOYなりを走らせれば済むことだし, なぜそこまで解析解に拘るのか,筆者(T.K.)には今ひとつ理解できなかった. 一方,このモデルでは,サンプルの透過実験に利用可能な共鳴ピーク間の干渉 を考慮した解析モデルを提供しており,今後大強度の中性子束がJ-PARCなどで 利用可能になった際,厚いサンプルを用いた透過実験により新たな研究が展開 できるかもしれない.(H.H)

それとは対照的に,Lynnは正攻法で非分離領域での核分裂断面積を計算し,ア クチニドの断面積実験値が再現できることを示していた.また,Froehnerも正 統的な非分離領域の理論を俯瞰した後,揺らぎの断面積を求めるMoldauerの理 論,およびGOEを用いた三重積分の方法を紹介している.このGOE の計算は, 今では比較的容易にできるようになったが,計算値はMoldauerでの結果とほと んど変わらないことが知られており,実際の評価ではMoldauerで十分であると いうことの理論的裏付けにもなっている.

光学模型+統計模型での非分離領域の評価の話題としては,Sirakovが光学模型 を用いて非分離パラメータのエネルギー依存性を求める方法を紹介していた. これはどちらかというと非分離パラメータ寄りのアプローチである.また Kawanoは分離共鳴でのR-matrixからエネルギー平均S-matrixを求め,それを再 現するチャンネル結合ポテンシャルを得,それを用いてU238の中性子捕獲断面 積の計算を行った.Koningは "TALYS meets the URR" というタイトルで講演 したが,TALYSで非分離共鳴の評価を行うまではいっておらず,原理的に可能 という話だった.Koningが登壇すると「講演題目は『TALYSは全てを計算す る』です」と座長からからかわれていた.

評価用コードおよび誤差評価コードに関するセッションでは,飛行時間測定法 のデータ解析用に開発されたSammyおよびRefitコードの更新状況および問題点 が報告された.核データの評価研究の専門家間で誤差を含めた評価結果を与え ることの重要性が共通認識としてあり,誤差評価に向けたコード開発の進捗が 報告された.

共鳴領域でのデータ解析に使われるコードの発表が数件あった.R-matrixでの 解析と言えば,MoxonのREFIT,LarsonのSAMMYが有名であり,この両者が同じ 会合で鉢合わせした.Cadaracheでは新しいコードを開発中で,De Saint Jean はC++を使ったCONRADというコードの紹介を行っている.このコードが何を何 処まで計算するのかまだ未知数な所が多いのだが,少なくとも共鳴領域でR- matrixでパラメータを求め,非分離ではFITACS のような計算を行うようであ る.ただSAMMYのようなコードを目指しているわけでも無いようで,主眼は, 実験データから炉物理計算への誤差の伝播をなるべくきちんと計算したいとい うことのようだった.

CEAのCourcelleらが飛行時間測定法のデータ解析において,各共鳴ピークに対 する中性子自己遮蔽を計算する際に用いる中性子散乱則に固体効果を取り組む ことがU-238の核データの高精度化には必要であることを指摘した.共鳴パラ メータを得る際に重要になる結晶での散乱に関して提唱されている幾つかのモ デルについて,up scatteringの定量的な考察を行ったが,どのモデルを採用 すべきなのかははっきりしないようである.同様の議論は,Moxonがコード REFITでのDoppler効果の補正でも行われていた.REFITと言えば,Larsonの SAMMYの商売敵でもあり,両者の比較に関する議論は,傍から見ている分には おもしろいものである.SAMMYは多重散乱の補正ができない(散乱1回のみ)と誰 かが言えば,即座に「REFITだってできない」という声があがったり.

データ処理と炉物理応用についての発表が3件.一つはKahlerによるNJOYの開 発の現状.ENDF/B-VIIのリリースと同調するかのように次々とupdateがリリー スされている.共鳴パラメータの共分散を処理するERRORJについても言及され ていた.Subletは,ENDFファイルから確率テーブルを生成するCEAの処理 コードCALENDF の現状を報告した.今後,Chiba-Unesakiによる非整数モーメ ント法を用いるとのことである.Hwangも確率テーブルの取り扱いについての 議論であったが,筆者には難解でほとんど理解できなかった.

共分散に関連した講演もいつくかあり,このトピックスの関心の高さが分か る.LarsonはSAMMY内部でのデータ共分散の取り扱いを説明し,Baugeと NoguereはMonte-Carloを用いた誤差伝播の計算を紹介した.他方,Rochmanは deterministicな手法による誤差の伝播計算で,共鳴領域の共分散評価を行っ ている.評価のみならず,実験者の方でもなるべく誤差情報を正しく記録しよ うという試みがなされているようである.Borellaは,TOF実験での巨大になり がちなデータに対し,そのデータ共分散を少ない領域で保存できるAGSという システムを紹介している.原理的には,巨大な共分散行列を作ってしまうので は無く,各誤差の要因に分解しておいて,それをSAMMY等の解析コードで利用 しようというものらしい.

本ワークショップは,「原子炉応用のための核データ」というテーマを切り口 に,カダラッシュ研究所の研究者を中心として開催された第1回会議であっ た.原子核物理,核データ測定,核データ評価,炉物理の研究者が一堂に集ま り議論できたことは,本ワークショップの特徴であり,本分野の新たな展開を 図る上で意義あるものであったといえよう.本会議の詳細は,別途核データ ニュースでも紹介する予定である.

ブルガリア訪問記

(JAEA)原かおる

2006年10月25-28日に,ブルガリアのボロヴェッツで行なわれたワークショッ プNEMEA-3 (3rd Workshop on Neutron Measurements, Evaluations and Applications)に参加しました.幹事機関は欧州委員会の共同研究センター総 局の標準物質計測研究所(IRMM,ベルギー)で,中性子による核反応の測定,核 データ評価,その応用利用を題材にして開催されました.出席者は約60名で, 開催地であるブルガリアからの参加者が最も多く,次いでフランス,ベルギー からの参加者が多かったです.日本からの参加者は2名でした.会議では,ま ず始めに開催地であるブルガリアの研究者から,科学アカデミー原子力研究所 (INRNE,ブルガリア)で行われている研究活動と原子炉施設が紹介されまし た.続く,6つのセッションでは,中性子による核反応に関連する「核医 学」,「理論とモデル」,「核データの需要,評価,ライブラリ」,「実験施 設」,「検査と特性」,「断面積測定」の約50の研究発表と討議が行なわれま した.

私は「断面積測定」のセッションで,「Photonuclear reaction cross section of 152Sm」という題目で研究発表しました.この研究では,核変換と 天体核物理研究ための基礎データである151Sm(半減期90年)の中性子捕獲断面 積を評価するため,逆反応を利用し,安定核種152Smの光核反応断面積の測定 を行ないましたので,レーザー逆コンプトンガンマ線を用いた光核反応実験の 方法や断面積測定の結果,計算コードTALYSを用いた151Smの中性子捕獲断面積 の計算結果を報告しました.同じセッションでは,主にIRMMの研究活動が紹介 され,IRMMの加速器施設を利用している研究者から243Amの中性子誘起の核分 裂断面積測定や,原子炉構造材の元素(Zr, Ta, W)に対する中性子誘起の核反 応断面積測定などの報告がありました.

ワークショップの会場はブルガリアで有名なスキーリゾート地であり,ソフィ ア(ブルガリアの首都)から車で約2時間のリラ山にありました.リラ山は広葉 樹が多く,その木々の景色は日本の山に似ていることが印象的でした.山奥に はブルガリア正教の総本山「リラの僧院」(世界文化遺産)があり,エクスカー ションで訪れることが出来ました.僧院の聖母誕生教会の外壁や天井には,色 彩豊かな美しいフレスコ画が描かれており,紅葉と共に楽しめました.僧院付 近の名物は魚1匹を蒸し焼きにしたマス料理で,シンプルな塩味でとてもおい しかったです.今までブルガリアに対して「ヨーグルトと琴欧州」以外のイ メージがありませんでしたが,今回の訪問を機に「2005年から短期滞在の日本 人はブルガリア入国ビザが必要なくなっていること」,「2007年から欧州連合 (EU)に加盟する予定で,今後ユーロ圏加入を目標としていること」など,色々 な事を知ることが出来ました.

*ワークショップNEMEA-3の会議内容は太田雅之さん(原子力機構)と共に,原 子力機構核データ評価グループの「核データニュースNo. 86 」でも報告する 予定です.

http://wwwndc.tokai-sc.jaea.go.jp/JNDC/ND-news/index_J.html

会合のお知らせ

ISORD-4

The Fourth International Symposium on Radiation Safety and Detection Technology (ISORD-4)が,2007年7月19日と20日に韓国ソウル市で開催されま す.アブストラクトの締切は,2007年4月16日です.詳しいことは

http://www.isord-4.org/

を御覧下さい.

部会員の最近の成果

G. Chiba (chiba.go@jaea.go.jp), H. Unesaki
    Improvement of moment-based probability table for resonance
    self-shielding calculation
    Ann. Nucl. Energy, 33, 1141 - 1146 (2006).

これらの論文入手については,直接著者に連絡してください.

核データ部会からのお知らせ

● 現在の部会員数:154名 (2006/04/26 現在)

●「部会員の最近の成果」に載せる情報を までお知らせ下さい.