第18回「ヒューマン・マシン・システム研究セミナー」報告

2007年7月13日〜14日(神戸市 グランドホテル六甲スカイヴィラ)



 毎年恒例となっていますヒューマン・マシン・システム研究部会の夏期セミナーは,シンビオ社会研究会の協賛を得て,平成19年7月13日〜14日に開催されました.セミナーの参加者は27名でした.
 昨今,各種の業界で不具合事象のデータベース化や事例ベース化,および,それらの活用に関する研究開発や取り組みが盛んになってきていることを踏まえ,第18回目となりました今回の夏期セミナーでは,「事例に学ぶヒューマン・マシン・システム」というテーマを設定しました.そして,原子力業界,化学産業界,および,一般産業界での不具合事象の活用に関する現状や,データから知識を発見する技術として重要なデータマイニング,また,失敗を繰り返さないための失敗学について,原子力分野をはじめとして各分野でご活躍の研究者と技術者をお招きして講演いただきました.
 台風の接近により風雨が強まる中,本セミナーは参加者数が多すぎず少なすぎず,ちょうど良い人数のためか,各講演後の質疑応答では自由に発言できる雰囲気があって参加者からの熱心で活発な質問が相次ぎました.事例活用に関する関心の高さが伺えるとともに,参加者にとって(おそらく講演者にとっても)有意義なディスカッションができたのではないかと思います.また,第1日目の夜の懇親会では,会席料理に舌鼓を打ちながらセミナーの話題等に大いに盛り上がりました.
 以下では,セミナーのプログラムと各講演の概要について報告します.


セミナープログラム

第1日目(7月13日)

・開会挨拶(部会長 五福 明夫(岡山大学))
・講演1:化学プロセス産業における安全管理の現状と課題
   岡山大学 大学院 自然科学研究科 産業創成工学専攻 鈴木 和彦 教授
・講演2:原子力施設情報公開ライブラリー「ニューシア」について
   有限責任中間法人 日本原子力技術協会 情報・分析部 北村 信行 氏
・講演3:安全技術情報整備とデータベース化の取り組み
  (株)三菱化学科学技術研究センター,生産技術研究所 橋本 喜一 氏
・講演4:原子力発電所の不具合事象における人的過誤の分析方法
   原子力安全システム研究所 原子力情報研究プロジェクト 宮崎 孝正 氏
・懇親会

第2日目(7月14日)

・講演5:製品不具合事例の傾向分析システム
   三菱電機(株) 先端技術総合研究所 システム最適化技術部 坂上 聡子 氏
・講演6:ユビキタスセンシングに基づくデータマイニングの展開
   大阪大学 産業科学研究所 鷲尾 隆 教授
・講演7:失敗に学ぶ?データベースから失敗知識を抽出する?
   東京大学 大学院 工学系研究科 産業機械工学専攻 中尾 政之 教授
・閉会挨拶(部会長 五福 明夫)




講演概要

(1) 「化学プロセス産業における安全管理の現状と課題」

鈴木 和彦 教授(岡山大学)

 本講演では、石油産業でのヒヤリハット事例のデータベース化と安全管理への適用への取り組みを紹介する。
 平成14年度以降に発生した産業事故原因の76%が人的要因であり、運転員・作業従事者に対して適切な情報(作業手順、事故・ヒヤリハット情報など)を提供することが安全上重要な対策であると考えられている。しかしながら、国内外で発生している事故の90%以上が過去事例の繰り返しであり、作業者が自分の行う作業に対して有効なヒヤリハット事象を用意に検索できるようにすることが重要である。構築したシステムでは、過去に入力されたヒヤリハット・事故情報を検索することで、起因事象、直接要因、背後要因、事象進展などの関連情報を抽出することができるようになっている。また、ヒヤリハット・事故事例DBを他の作業手順書、教育システム等に関連づけることも可能で、これにより作業前、作業中のリスク低減に有効である。



(2) 「原子力施設情報公開ライブラリ『ニューシア』について」
北村 信行 氏(日本原子力技術協会)

 「ニューシア」は、原子力施設のトラブル等の情報を産官学で共有・活用することを目的として設置されている情報公開ライブラリである。本講演では、「ニューシア」構築、運用に関する取り組みを紹介する。
 「ニューシア」には、大きく分けてトラブル情報、保全品質情報、その他情報の三種類があり、報道発表後にその事例が当該電力会社により登録される。トラブル情報および保全品質情報の登録項目は、会社名、発生日時、ユニット名、国への法令報告根拠、事象の原因、再発防止策、周辺への影響等、約40項目ある。また各電力会社における事故対策の水平展開状況を閲覧することもできるようになっている。2006年度末までの国内電力トラブル事例の登録件数は約3500件で、毎月7000人程度のサイト訪問者がある。最近では、保全品質情報などの登録基準を、制御棒引き抜き事故を契機として見直しを行っており、作業ミスや操作ミスにより「止める」「冷やす」「閉じこめる」機能に影響を及ぼす可能性がある事例は、軽微であっても登録するように改善している。今後も、事故事例データの活用を促進するため適宜見直し、改良を図っていく。



(3) 「安全技術情報整備とデータベース化の取り組み」
橋本 喜一 氏(三菱化学科学技術研究センター)

 化学製品の研究開発から製造・流通・廃棄にいたるまで,化学物質とプロセスの安全管理を実施する上で,化学物質の物性や爆発火災の危険性,毒性・有害性,事故事例などの安全に関する情報は不可欠である.このため,プロセス安全に関する化学物質の情報データベースの構築と安全性データの調査方法の体系的な整備を進めている.
 化学物質の潜在的危険性を認識するためのプロセス安全性検討データベース(PSDB)を構築し,1998年から運用を開始している.PSDBには,製品および購入原料,中間体など約7000物質の安全性データが登録されている.PSDBに三菱化学グループ内のPCからアクセスすることにより,登録化学物質の爆発危険性,毒性・有害性データ,安全性データシート,事故情報,安全技術に関する基礎知識を得ることができる.利用の利便性を考慮して,物質名称やCAS番号に加えて,プラント単位での取り扱い物質の点からも検索を可能にしている.また,PSDBには,安全情報の調査方法のガイドラインも収録しており,教育機能も意識しているのが特徴である.このガイドラインにより,安全技術の伝承や情報の共有化を図っている.
 今後の取り組みとしては,PSDBに登録の事故事例をもとにした,プロセス安全対策の指針としての教育プログラム化と失敗知識的なデータベース化,化学物質の熱危険性の実験的な評価や測定,熱危険性評価の手法や判断基準のガイドライン化とPSDBへのガイドラインの登録を検討する予定である.



(4) 原子力発電所の不具合事象における人的過誤の分析方法
宮崎 孝正 氏(原子力安全システム研究所)

 原子力安全システム研究所では,海外の原子力発電所で発生した不具合事象に関する情報を入手・分析して発生防止の改善点の抽出を行っている.入手している海外不具合情報は年間約3000件にのぼるため,原子炉安全や発電所の安定運転に関連する不具合に重点をおいて,重要性の高い事象に対して詳細分析している.分析結果として抽出された国内に反映すべき改善点は国内PWR電力会社5社に提言している.
 不具合の原因分類においては,従来から独自の原因分類法を用いていたが,2005年に改定した.この原因分類法の採用により,設備面と運用面の不具合割合,経年劣化の割合,運用面における運転不良・保守不良・その他の管理不良の3者の割合などが一目で判るようになった.なお,原因分類に際しては,1つの不具合に対して複数の原因項目を抽出するようにしておくことが重要である.新原因分類法を2005年の海外および国内の不具合に適用して分類した結果,発電所での運用の不具合が6割と多く,その約6割を保守不良(保守管理の不良)が占めていることが判った.
 運用の不具合の多くは人的過誤の結果であるため,人的過誤を当事者の過誤のタイプで分類し,過誤の要因を個人要因と背後要因の両方で関連付ける人的過誤の分析方法を考案した.ここでは人的過誤を人間の行動段階で6分類し.各々の分類をオミッション型とコミッション型に区分し,人的過誤の発生パターンを全体で12区分している.この人的過誤の分析方法を用いて2003〜2005年の国内不具合470件の原因分類を行い,対応策の検討を進めている.



(5) 製品不具合事例の傾向分析システム

坂上 聡子 氏(三菱電機)

 品質ロスコストの削減の課題に対して,製品のコールセンターに蓄積された不具合事例を様々な視点で分析して,重大故障の兆候を検出し,関係者間で情報を共有する事例傾向分析システムを開発している.このシステムでは製品の不具合を収集して蓄積された事例ベースを対象としている.
 事例分析システムでは,事例集計処理した後,傾向分析処理する.集計データは事例データベースの不具合事例とリンクしており,事例明細検索により個別の事例明細を参照できる.事例集計処理においては,発生年月,機種,部位,原因,現象などからユーザが任意に分類軸と分析軸を設定し,3つの分析指標値(件数,占有率,発生率)を算出する.また,傾向分析処理においては,事例集計処理結果から傾向を分析し,検出された特徴的な傾向パターンを誘目性の観点から色分け表示する.分析軸が「発生年月」の場合には,乖離,連続増加月数,および,順位上昇の3つの視点から分析指標値またはその推移についてポイントを付与し,ポイントの合計を閾値判定することにより特異パターンを検出する.また,分析軸が「発生年月」以外の場合には,分析軸方向の指標値に対して仮説検定により特異な指標値を検出する.
 過去3年分の不具合事例に対して開発システムを適用した結果,過去に発生した主な不具合4件のうち3件を検出できることが確認され,故障発生の兆候を早期に検出するシステムとして有用であると評価できる.



(6) ユビキタスセンシングに基づくデータマイニングの展開
鷲尾 隆 教授(大阪大学)

 近年,計算機のみならず種々の情報機器,家電,自動車,社会インフラなどがネットワークで結ばれ,社会情報資源のユビキタス化が進展している.そこでは,変数値をアイテムとして含む大規模次元時系列トランザクションデータが得られている.このようなデータに対して,大規模因果ネットワークの分析方法,および,高次部分状態連鎖モデルを定式化する方法とその実適用生検証を紹介する.
 因果連鎖データに対して,出現ノードの種類と数を考慮して,可能性のある部分因果連鎖グラフを漸進的に生成していくことにより,頻出因果構造ネットワークを導出できる.この手法を遺伝子配列と疾病との関係データに適用し,いくつかの因果連鎖を発見できた.
 また,大規模次元時系列トランザクションデータのダイナミクスのモデル化として,データからバスケット分析で多頻度アイテム集合を導出する原理を用いて,ベクトルやトランザクション系列データに埋め込まれた頻出部分状態と状態遷移を導出する.本方法では,モデルの詳細度を最小支持度により調整でき,従来の高次マルコフ連鎖モデルで問題となる状態遷移の爆発問題を避けつつ離散部分状態遷移過程を同定可能であることが特徴である.本手法をUCI KDDベンチマークデータアーカイブに公開されている移動ロボットのMoveおよびTurnデータに適用し,ロボットの特徴的行動規則を発見できた.



(7) 失敗に学ぶ ?データベースから連想検索で失敗知識を抽出する?
中尾 政之 教授(東京大学)

 過去の失敗知識を用いて将来の事故を予測できれば,リスクによる損失を最小限に押さえられる.この観点から,「失敗知識データベース」や「失敗百選」を作製している.しかしながら,現在のリスクに最も有効な過去の知識を探すことは容易ではない.コンピュータの言語処理能力の進歩により,大規模な事例ベースであっても短時間で類似度の大きい順に事例表示ができるようになってきている.そこで,日本語用のOR検索ソフトウェアGETAを用いて,事故事例や失敗シナリオを用いて,自分のリスクと最も類似する失敗知識を検索して有効な知識がより高い確率で抽出できることを実験的に確認する.
 実験では,GETAに百科事典,新聞記事や,書籍情報などが組み込まれているIMAGINEを用いた.その中には,「失敗知識データベース」の事故事例,「失敗百選」の失敗シナリオをデータベースとして組み込んだ.実験には機械工学分野の学生やエンジニア90名が参加した.実験の結果,連想検索によって類似知識がキーワード検索よりも短時間でしかも定性的であるが高い確率で抽出できることがわかった.しかし,その抽出できる確率はデータベース中のデータの偏りの影響が大きいこともわかった.