第17回「ヒューマン・マシン・システム研究夏期セミナー」報告

平成18年7月28日(金)〜29日(土)東芝研修センター





 毎年恒例のヒューマン・マシン・システム(HMS)部会主催による夏期セミナーが、平成18年7月28日(金)〜29日(土)新横浜の東芝研修センターにおいて行われた。今年度は、例年行われている「第一線の方々の講演を聞く」ことに止まらず、「自分の考えを発信し、議論をする」ことを取り入れた内容であった。
 HMS研究部会が発足して15年余り、発足当時から多岐に発展してきた研究テーマの足跡を各自が振り返り、意見を出し合うことで、今後を展望することが本セミナーのねらいであった。全員参加によるディスカッションにより、多くの活発な議論がなされ、現在のHMS研究に関する課題と今後の展望について参加者間で共有することができた。
 また、議論の前後には、今後の具体的な活動のヒントを提供するため、「地域とのコミュニケーション」、「原子力開発の歴史、文明と科学技術」をテーマに講演をいただいた。以下内容を報告する



1.基調講演「HMS研究と応用のこれから」

HMS部会長 五福明夫氏(岡山大学)

 グループ討議に先立ち、五福部会長より「HMS研究と応用のこれから」と題して、過去10年間に行ってきたHMS関連研究、プロジェクトのレビューと、今後のHMS研究への問題提起が行われた。
 HMS関連研究のレビューとして、学会誌記事からキーワードを見ると、人間中心のMMI設計のため、人工現実感・診断・運転支援・自動化・高度情報処理技術などの研究が推進され、計算機化・デジタル化および自動化を大幅に取り入れた第3世代監視制御システムとして実現している。JCO臨界事故後は安全文化実現の観点から組織におけるHF研究、リスクコミュニケーション研究が盛んになり、一方、発電所に関しては研究対象が運転監視制御から現場作業を中心とした保守・保全作業に重点が移行してきている。
 プロジェクトレビューとしては、異常検知・自動化および高度情報提供を目指したセイフティサポートシステム、人工知能を活用した原子力基盤クロスオーバー研究、運転と保守を統合化した次世代HMS研究、保守作業の効率化を目指したフレキシブルメンテナンスシステムが紹介された。さらに、これらプロジェクトを総括するものとして、次世代の運転支援システム構成のコンセプトについて、リモート運転支援・コオペレータ・拡張感覚・オンラインメンテナンスの観点から説明があった。
 最後にグループ討議の参考として、診断システムは役に立っているのか、人間・機械の役割分担は適切か、適切なMMI設計の枠組みは確立しているか、効果的な教育・訓練ができているか、ヒューマンエラーは低減できたか、リスクコミュニケーションは役立ったかおよびHMS研究に役立つ新技術はないのか、について問題提起が行われた。
 会場から出されたHMS研究の目的がどのように原子力学会内で認識されていたのかとの質問に対し、HMS研究は80年代初頭の診断技術から始まり、運転支援技術さらには組織・地域など周辺との係わりへと展開する中で焦点があいまいになってきているのではないかとの説明がなされた。


2.グループ討議

 参加者を8〜9名の3グループに分け、「原子力分野における今までの活動から学ぶことは何か」、「HMS研究は今後どのような方向を目指すべきか」などのテーマについて、各グループでディスカッションを行った。テーマ選定から発表に向けての議論が、1日目の懇親会後の時間にまで及ぶなど、活発になされた。以下3グループの発表内容を簡単に報告する。



(1)第1班:個人主義時代のHMSとは〜「見るシステム」から「見たくなるシステム」へ〜
1班が最初に行なったのは自己紹介。1班は他の二班と異なって、原子力分野が専門ではない人が集まった。そのため、それぞれがHMSに対してどのような視点からどのような意見を持っているのか、航空産業、消防、火力などでの事例を踏まえ、お互いのHMSに対する思いを発言することが、班における討議テーマを決定する際に必要であった。その中で出てきた共通の意見は、「原子力においてHMS研究は元気がない」ということ。それは、開発されたHMS技術が現場に導入され、役に立っている感が感じられないことが起因するようだ。討議を通して、その様な状態に陥った理由は、1)原子力HMSの当初の目標、人間を介さない「全自動化」から、人間作業の「支援システム」へのスペックダウン、2)社会のニーズと開発した技術のずれという社会的背景、そして3)現場とのつながりの希薄さの3つが挙げられた。これらの問題を克服し、HMS研究が開拓していくべき領域は、「コミュニケーションを通じた技能伝承・教育訓練の場」をいかに提供するかこと。AI応用や、異常診断システムなどの実用化が思うように進行していないにも関わらず、原子力発電所でのヒューマンファクタに起因するトラブル・事故は現在減少している。そこで、これからの課題となるのは、現在の知識・技能をどのように後継者へ伝えていくかということにある。1班が出した結論としては、背景知識やノウハウの「見える化」、見せるシステム、使用する人に魅力的で印象的な見せ方の研究をHMSが今後取り組むべき領域である。「自然に見ることができ、自然に操作でき、自然に学べるHMS」ということに尽きる。

(2)第2班:HFは本当に衰退しているのか
第2班では、「HFは本当に衰退しているのか」との観点から、HFに関連した学会活動の現状認識について意見交換を行った結果、特に運転監視制御盤や監視診断・運転・保守支援システムなどの設計に関係する工学系のHF研究が停滞しており、次の段階に向けて方向性が見出せていないのではないかとの結論を得た。その一方で、モノ作りに直接関係しないHFとして安全文化・組織の問題、リスクコミュニケーション分野では活発に活動が行われており、HFの機軸がモノ作りから移行しているのではないかとの指摘があった。
 HMS分科会としては、本来モノ作りに関する工学系HF研究に取り組むべきとの考えから、なぜこれらの研究活動が衰退してきたのか、今後どのように対応していくべきかについて議論した。活動衰退の原因として、第3世代運転監視制御盤の実用化以降、第4世代運転監視制御盤開発への差し迫ったニーズがないこと、研究の対象領域が運転から保守に移行してきており、対象範囲が広いことと同時に多くの課題について経験則による対応が可能である現場作業は研究対象となりにくいこと、投資効果が見えにくいこと、さらに現場と研究側に距離があり、現場ニーズを十分理解した研究がなされていないのではないか、などの指摘がなされた。また、米国ではHF研究成果の一部が規格としてまとめられており、安全確保に関する新たな研究は当面必要性が少ないことも指摘された。
 今後の方向性としては、運転監視制御盤のノウハウを一般産業にも展開していくこと、最近注目されている脳機能の分析に基づく新技術開発、研究側が現場のニーズを根気よく汲み上げていくことなどが指摘されたが、時間的な制約もあり具体的な個別テーマへの展開までは至らなかった。

(3)第3班:モチベーションの低下
3班のメンバーは原子力の現場を経験された(ている)方が多くいたこともあり、テーマの選定にあたり、まず現場の声を優先させた。現場でヒューマンエラーが目に見えて減少しないのは、規制強化に裏付けられた発電所員の「モチベーションの低下」が主原因の1つであるとの認識で一致した。これは事故対応訓練をしていながら、マニュアル通りにしか運転できないため、能力発揮の機会が失われているなどの意見にも現れている。こうした規制強化による保安規定、手順書の肥大化が、チェック項目を増やし、部内や部門間のコミュニケーション不全にもつながってしまった。さらにこうした問題に対してHMS研究が直接寄与してこなかったことを反省点にあげた。今後に向けての提言として、従来のHMI研究の枠を越えた、規制強化による弊害に対処するための研究などにまで裾野を広げていっても良いのではないかという結論となった。

(4)グループ討議総括

セミナー実行委員長 河野龍太郎氏(東京電力(株))

総括として、TMI事故後における国内のHF研究の流れとして、官民の研究機関の特徴、官民での協力体制の不足、HF研究の抱えている課題等を概観した。一方で、航空産業、海外事例としてEdFの取り組みなど、他産業への適用例からHF研究が重要であることを再認識し、原点に戻って考えることの必要性を訴えた。


3. 特別講演1:「九州電力における原子力PAの現状」

瓜生芳郎氏(九州電力(株)広報部)

 九州電力では、平成18年3月26日に玄海原子力発電所3号機でのプルサーマル計画について佐賀県および玄海町から安全協定に基づく事前了解をうけたことに代表されるように地元との共生がうまくいっている。今回、広報部での原子力PAの現状についてご紹介いただいた。
 副社長を委員長とする原子力広報会議にて広報活動の基本事項を審議・調整し、具体的な活動方針を決定し、PA活動を行っている。PA活動には、相手に直接働きかける、マスコミを使う、マスコミへの対応、スキルアップ研修などの活動基盤向上などがあり、それぞれさらに具体的な活動を実施している。見学では学校・教育関係、子供会に重点をおいており、また30〜40代の女性向けパンフレットの作成に注力している。
 プルサーマル理解活動として、訪問・説明活動は263回、延べ9,000人に、講演会・イベントは14回、述べ4,000人に対して実施した。この他、新聞広告、企画雑誌、TV、ケーブルTVなどで理解活動を実施している。さらに、解説チラシを事前了解申請、設置変更許可受領などのマイルストーン毎に発行し、地域住民に対し状況を逐次説明してきている。これらの結果、新聞による世論調査結果では全体として賛成意見が反対意見を上回るところまできている。
 この他、地場産業の振興、地域住民とのふれあい活動など地域共生活動、玄海エネルギーパークなどについてご紹介いただいた。
 質疑としては、地域住民との共生をうまくやっていくための秘訣を問われたのに対し、ごく普通のことをごく普通にやっていくことの重要性が指摘された。また、社員が主体的に情熱を持たせるにはどうしたらいいかとの問いに対しては、楽しみながら共同作業としてやっていくことが必要との指摘があった。


4. 特別講演2:「現代における時代認識」

藤家洋一氏(前原子力委員会委員長)

 現在が原子力時代の幕開けにあること、また化学反応に根ざした文明から核エネルギーに根ざした文明への緩やかな移行期にあるとの原子力に対する時代認識に基づいて、原子力発電の開発経緯、核燃料サイクルの必要性、安全性、自然に学ぶ事の重要さなどについてご講演いただいた。
 20世紀の後半を賭けて取り組んできた原子力開発の結果、原子力発電が基幹電源として位置づけられ、スリーマイル島事故においても放射線による影響が見られなかったことも含めた安全上の実績も得られている。アメリカはエネルギー法により新しい時代に踏み出そうとしており、フランスは着々と自らの開発を進めるほか世界戦略を進めようとしている。中国、インド、韓国における経済発展に連動した原子力開発への意気込みなどは、明らかに新しい時代に入っていることを実感させる。一方、日本においては原子力先進国としての位置を保ち、アジアへの貢献、日本ブラントの確立に向けてどのように取り組んでいくのかを考えていく必要がある。特に、21世紀に持ち越した課題である閉じた核燃料サイクルの確立が必要である。
 一方、産業革命で開花した文明は大量の化石エネルギーを必要とし、地球の物質循環の限界を超える状況を生み出すとともに、化石エネルギーの利用制限を設けざるを得ない状況を生み出している。また、人類が産業革命で得た快適な文明を捨て去る事の難しさを見ると、化学反応に根ざす文明から核融合反応の利用を含めた新たな反応に根ざす文明に転換せざるを得ない状況にある。日本に対しては、科学技術創造立国を目指して世界の原子力をリードできるかが問われている。
 質疑としては、日本のアジア貢献への可能性の問いに対し、現実として日本ブランドは持っていないが大局的な見地からの判断が必要であり、高速炉を日本で開発していくべきとの指摘があった。また、近年クローズアップされている原子力の社会性という問題については、当初考えていた設計安全・運転安全のほかに運用安全という概念が実は重要だったとの指摘があった。さらに、TMI事故では炉外への放射能放出はなかったという原子力(特に軽水炉)の安全性の優れた実績をもっと評価すべき(チェルノブイリは論外)とはいえ、安全性を脅かすような本質に関わるルール違反にはペナルティを課せられるべきであるとの考えが示された。


以上のように、本年度の夏期セミナーでは、全員参加で活発な議論を行い、HMS研究の現状と今後を考える大変意味深い内容であった。なお、セミナー会場の手配等で(株)東芝の関係の方々には一方ならぬお世話をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

(文責:坂井秀夫)