14回「ヒューマン・マシン・システム部会夏期セミナー」報告

2003年7月24、25日(静岡県湯河原町三井物産株式会社人材開発センター)
 

 2003年のヒューマン・マシン・システム(HMS)部会夏期セミナーは、「情報技術とリスクコミュニケーション」というテーマを掲げ、関東地区の大学・企業を幹事として、静岡県湯河原町で開催しました。会場の様子と参加者の集合写真を示しますが、講師13名を含めて48名もの参加者を得て成功裏に終えることができたことを、最初に感謝申し上げます。

 HMS部会は、原子力プラントの安全性を高めるための機械と人間のインターフェイスの研究を目的に活動を進めて来ましたが、近年の社会情勢の変化により、機械と人間のみならず、人間と組織、組織と社会など多様なインターフェイスに関わる研究へと活動範囲を広げつつあります。また、このインターフェイス研究を支える基盤としての情報技術(IT)の目覚しい進展は周知のことと思います。

 今回のセミナーでは、このような状況を踏まえて、「情報技術とリスクコミュニケーション」というトピックスを掲げて、コミュニティメディア、マルチエージェントシミュレーション、リスクコミュニケーションなどの分野の第一線で活躍されている研究者を講師として招いて開催しました。同時に、関連する原子力分野での最新の研究動向を、若手を中心にした講師諸氏に講演いただき、原子力分野での研究活動と他分野との交流を図ることとしました。価値観の多様化する社会の中で、原子力分野に限らず、様々の社会問題が噴出していますが、本セミナーでの講演と、参加者の相互コミュニケーションを通じて、問題解決への糸口をつかんでいただけたものと思います。

  セミナーは以下に示すような4つのセッションに分けて実施しました。セッション1では、西田先生より、コミュニケーションメディアに関する話題を提供頂きました。ITを利用することで人と人のコミュニケーションの明示化を図るともに、コミュニティ内の知識データベースの蓄積を図る試みです。また、山崎先生からは、人に優しいコミュニティメディアのユニバーサルデザインの方法論について講演頂きました。セッション2では、マルチエージェント技術に関する3つの講演を頂きました。寺野先生、服部先生からは、マルチエージェントシミュレーションを通して、複雑な社会現象をコンピュータの中で再現し、その理解に役立てようという試みと、そのためのツールを紹介して頂きました。また、大須賀先生からは、プログラミングパラダイムの革新としての、ネットワークエージェント技術の最新動向について講演頂きました。セッション3では、原子力分野における、情報技術の応用やリスクコミュニケーションに関する5件の研究状況を講演頂きました。また、セッション4では、谷口先生、盛岡先生から、原子力分野と環境分野でのリスクコミュニケーション活動に関する二つの講演を頂いた他、村松先生より、原子力でのリスクインフォームド規制の動向を講演頂きました。「リスク」という概念は、プラントの事故確率のような単純な危険度としてだけではなく、人や社会の多様な価値観に基づく意思決定や政策決定に関わる総合的な概念として捉えて行く必要があり、今後もますます重要な概念になってゆくと思われます。
 
 

 最後に、古田先生より、当部会の活動を発電所サイト内のインターフェイス研究だけでなく、サイト外のヒューマン・ヒューマンコミュニティや、ソーシャルコミュニケーションなどの研究に広げて行くためのきっかけに、本セミナーがなることを期待しているとの総括を頂きました。

 来年度の夏期セミナーは、関西地区の大学・企業を幹事会社として企画する予定となっておりますので、関係者のご協力を宜しくお願いしたいと思います。

 尚、本セミナーで用いたテキストについては残部を原子力学会に預けてありますので、興味のある方は学会から入手(有料)いただくようお願いいたします。


以下に、
各講演の概要を示します。

 

(1)セッション1<コミュニティメディア>


(a)コミュニティに知識ストリームを張り巡らせる

 (東大)西田豊明

「社会技術」は、科学技術の正負両面を考慮に入れて現代社会の抱える様々な問題の解決に資する技術という意味で用いられているが、その中の一つの技術として、リスクコミュニケーションを支える情報技術の研究状況を講演いただいた。近年、ネットワーク社会の中で共通した志向性をもち弱い絆でつながれた学会や消費者団体のようなコミュニティが多くでき重要な働きをするようになっている。このコミュニティに特有の知識ベースは、構成要員間の会話から確立されて行くと考えられるが、会話そのものは放っておくと消失してしまうものである。この会話プロセスを、各種の情報ツールで支援することで、その中に含まれる知識を構造化(物語化)し保存することができ、コミュニティ内の知識ベースとしての明示化と共有化を可能にする。情報ツールとして、VMIS(映像コミュニケーションツール)、EgoChat(会話知識共有ツール)、POC(政策議論支援システム)などを紹介頂いた。個人やコミュニティとしての価値観が多様化・複雑化する中で、これを形式知として明示化し蓄積するこのような試みは、今後ますます重要になって行くと思われる。


(b)コミュニティメディアのユニバーサルデザイン     

(日本IBM)山崎和彦氏

情報・ネットワーク社会の中で、コミュニティメディアを活用して情報をやりとりすることは誰にとっても重要となってきており、一部の専門家だけでなく、お年寄りや障害者も含めてあらゆる階層の人に使いやすいユーザーインターフェイスが望まれるようになってきている。このコミュニティメディアのデザインアプローチとして、(1)アクセシビリティを考慮したデザイン、(2)ユーザ・センタード・デザイン、(3)ユニバーサルデザイン、(4)感性を考慮したデザイン、という4つの考え方を講演いただいた。この中のユニバーサルデザインは、利用者を年齢,性別、人種、文化、障害などで差別しないという考え方も含まれており、多くの人に使われるコミュニティメディアの設計では重要な概念となる。この具体的なデザイン手法として、ユーザグループ、ユーザシナリオ、ユーザタスクの3つの軸に基づいたデザイン情報マトリックス法が紹介された。この分析によりデザインコンセプトを構築して制作を行なう。多様なユーザに対応するため、ユーザに対応した構造化情報を複数持たせることで、個々のユーザにカスタマイズしたインターフェイスを提供できる。一般ユーザを想定したこのようなインターフェイスと、原子力プラントの運転員のような専門家を想定したインターフェイスでは、カスタマイズや適応性の考え方に大きな違いがあると思われるが、相互の交流は重要であろう。

 

(2)セッション2<マルチエージェント技術>


(a)マルチエージェントシミュレーション手法による社会変動研究     

(構造計画研究所)服部正太

市場取引、電力市場、遊園地の混雑状況、TV視聴率の変動、国会での政党の誕生・統合・消滅など社会で見られる複雑な事象を、多数のエージェントの相互作用で模擬するマルチエージェントシミュレーション(MAS)技術に関して講演を頂いた。構造計画研究所で提供しているKK-MASと呼ばれるシミュレータは、VisualBasicに似たプログラム環境で動作し、多数のエージェントの相互作用をルールとして簡単に表現でき、結果を二次元表示で見ることのできるツールであり、プログラムングスキルなしで誰でも使えることを特徴としている。従来の科学技術の視点からは、MASから得られた結論の再現性や、用いたルールの実証性などで違和感もあり質疑応答も飛び交っていたが、社会変動のような従来の技術で取り扱えない複雑系を、明示化したエージェントの挙動ルールで表現して説明に利用することは、コミュニケーションツールの一つとしては充分に価値があるものと思われる。

(b)ネットワークエージェント技術とその応用          

(東芝)大須賀昭彦

 アセンブラ言語、手続き型言語、オブジェクト指向言語と発展してきたプログラミングパラダイムの次の位置付けとしてのネットワークエージェントに関する基礎技術の紹介と産業界での応用事例について講演いただいた。次世代のプログラミングパラダイムとしてのエージェント指向技術に必要な要件としては、移動性、協調性、自律性の3つがあるとのことで、これを実現するアーキテクチュアが説明された。さらに、具体例として、東芝で開発中のBee-gentとPlangentの概要が紹介された。Bee-gentは、モバイル環境下で分散したデータベースやレガシーシステムなどの既存のソフトウェアを柔軟に接続して活用することを目指したマルチエージェントシステムで、その応用事例として、モバイル環境向け情報検索エージェント、化学プラント設備診断・計画保全エージェントなどがある。Plangentは、プラニング機能を持つ自律的なモバイルエージェントシステムで、ドライバー情報支援エージェントや電力系統巡視システムなどに応用されている。ネットワーク社会におけるコミュニティメディアとしての多様なコンテンツが期待される中で、ネットワークプログラミングのインフラを提供する重要な技術として期待できる。


(c)人工知能から人口知能へ/エージェントベースモデルで社会をみる  

(筑波大学)寺野隆雄氏

エージェントベースモデルで社会の複雑事象をみる計算組織理論の最新動向についての講演を頂いた。社会システムを複雑適応系と考えた場合、組織構成員間、企業間、企業・顧客間、顧客・顧客間などミクロのレベルにおける自律的・分散協調的な行動と、個々のメンバーに見られないマクロな組織全体の創発的行動、さらには、ミクロ・マクロリンクによる適応性などに注目しなければならないが、これらの分析・管理・設計には従来型のモデルでは不十分であり、マルチエージェントシミュレーションモデルが有用である。方程式で事象を理解したり、歴史から事例を学んだりといった従来型の工学、社会学の間に位置するものとして、プログラムから事象を学ぶエージェントベースモデルを捉えている。計算組織理論から得られる組織行動の事例として、「争いの発生しうる状況でも協力することが重要である」、「文化は伝播するが、文化の棲み分けも発生する」、「放任すると一人勝ち状態が出現する」といった例を用いて、エージェントベースモデルの組織行動分析における有用性を説かれた。教育ツールやリスクコミュニケーションツールの一つとしてもエージェントベースシミュレーションは役に立ってくると期待される。

 

(3)セッション3<原子力応用研究/情報技術とリスクコミュニケーション>

本セッションでは情報やリスクをキーワードとして、応用研究に従事する若手の方々から最新の研究動向についてご紹介いただいた。


 
(a)原子力発電向け次世代HMSの開発        

(三菱電機)大井 忠氏

 情報技術の導入によるプラント運転保守時の信頼性・安全性の維持向上とコスト低減・省力化の両立を目指した次世代ヒューマンマシンインタフェースシステム(HMS)の研究開発プロジェクトについてご講演いただいた。報告ではプロジェクトの全体概要とそれを構成する2つのサブシステムのうち、動的運転操作パーミッションシステムについて詳しくご紹介いただいた。これは中央制御室内において運転員の意図を推定し、実施しようとする操作の妥当性について、運転手順書とプラント状態に関する構造化された知識を利用してHMSが判断し、不適切な操作とみなされた場合には必要に応じて警告などを発するというものである。操作のモデルや妥当性判断アルゴリズム、プラント挙動推定モデル等機能の有効性確認にあたっての具体的な開発内容をご説明いただいた。これに対し会場からはオペレータの操作意図を推定する方法やその必要性といった側面から、ヒューマンとマシンの役割分担のあり方についての複数の意見や質問が寄せられ、このプロジェクトに対する関心の高さが伺われた。


(b)人工現実感を応用した計測制御装置の保守訓練システム

(日立)福田光子氏

プラントの保守作業の訓練においてその対象機器や保守条件に応じた多様な訓練環境を、人工現実感を利用して提供できる訓練システムについてご紹介いただいた。本システムの特色は プラント内の複数箇所に分散配置された関連機器の保守等、従来インストラクタなどとの役割分担によってのみ訓練が可能であった保守作業についても人間系シミュレータの導入により単独での訓練が可能な環境を提供できる点にある。発表では訓練装置の他、訓練中の保守員の発話の音声認識と音声合成によるやり取りなど人間系シミュレータの機能構成、保守作業ごとの既存の図書からシミュレータの行動データを自動生成するツールなどが高度な訓練システムが実際の適用事例とともに紹介された。会場からは実用上の課題として訓練生の行動をモニタリングするセンサの精度や訓練生への情報提示方法、終了後の評点機能の有無についての質問が寄せられた。

 


(c)原子力施設立地地域におけるヒューマン・ヒューマンコミュニケーション

  〜認識共有をめざした反復型「対話フォーラム」の試み〜  

                 (東北大・社会安全研究所)八木絵香氏

原子力リスクに関して適切な議論と社会的意思決定を行なう枠組みを構築するための試みとして、比較的中立性が高い大学の主催による原子力施設立地地域での対話フォーラムの実施に至る経緯と現在までの継続状況などについての報告がなされた。女川町や六ヶ所村で実際に行った対話フォーラムでのコミュニケーションを通じて、日本における市民参加型の意思決定のあり方を探る試みを紹介され、過去の研究には見られない、示唆に富んだ知見が得られつつあることが報告された。発表後の討論では将来の新規立地候補地への手法適用の可否、他のコミュニティでのフォーラム開催の予定等について会場から意見が寄せられた。


(d)ポリシーエクササイズ手法による意識改革への取り組み 

(東電)吉岡理穂氏

ポリシーエクササイズ(PE)とはロールプレイなどのゲームを通じた現実問題の疑似体験を通じて意識改革や合意形成を支援する手法の1つである。

課題の調査・分析を踏まえてデザインされたエクササイズを参加者がゲームとして体験したあと、その体験を現実の問題に置き換えて考えてもらう、という一連のプロセスを通じ、他者の考え方への参加者の理解が深まることを狙いとしており、欧米でその適用の効果や実績が報告されている。本報告では原子力PA活動に関する「発電所立地地域との共生」、「安全文化の浸透」という2つのテーマについて、実際の発電所現場でのPE手法適用事例が紹介され、その体験者のアンケート調査結果から体験型研修としての有効性が示された。新しい手法であり、今後の更なる研究の進展を期待したい。


(e)居住地域および知識レベルが原子力の社会的受容に与える影響 

RISTEX)木村 浩氏

近年原子力発電所の立地に関する周辺地域での市民参加型の意思決定が重要視されている昨今の状況を踏まえ、居住地域や知識の有無が原子力発電の社会的な受け入れの是非に関する判断要因に及ぼす影響について、アンケート調査を分析した結果から得られた知見に関する報告がなされた。収集されたデータに因子分析手法を適用することによって認知構造を構成する認知要因を測定する尺度を構成し、更に相関分析の手法を適用することによって認知要因と居住地域(発電所立地地域/消費地域)や原子力に関する知識の有無と住民の賛否判断との相関関係を明らかにする内容であった。結果からは発電所立地地域と消費地域間でのリスクとベネフィットのトレードオフに関する認識にはギャップが大きく、社会全体としての合意形成の困難さがあること、知識量の増加がそのギャップを埋めることにつながらないことなどの結論が導き出され、会場からは因子分析手法の妥当性に関する議論が活発に行なわれた。
 

 

(4)セッション4<リスクと科学技術の社会受容>


(a)
東海村における原子力に関するリスクコミュニケーションへの試み 

(電力中央研究所)谷口武俊氏

科学技術そのものが有するリスク、科学技術依存社会が持つリスク、科学技術と社会の乖離がもたらすリスクが顕在化しつつあり、個人レベル、社会レベルでのリスク情報の正しい理解とリスクの最小化への仕組みが求められている。講演では、原子力に関するリスクコミュニケーションとして、JNC東海アスファルト固化処理施設の火災爆発事故、JCO臨海事故を通じて東海村における活動について紹介いただいた。村における原子力の存在の大きさを理解しながらも、原子力事業者への不信感が増幅した状況で、住民、行政、事業者が互いに向き合ってリスクコミュニケーション活動が実施されたことは、極めて意義深い。今後は社会実験の設計に向けて、住民による原子力施設の査察、原子力や環境リスクのインタープリタ(解説者)の育成、原子力防災活動支援者(村民)の育成・認証、等のプログラム策定に注力したいとのことで、より一層の発展を期待したい。


(b)
リスク対応型意思決定支援システム/環境リスクのコミュニケーションプラットフォームの構築と運用

(大阪大学)盛岡 通氏

組織的なリスク情報の提供と意思決定に必要なリスク構造の理解を支援する、リスク対応型意思決定システムについて講演いただいた。多くの人はリスク管理のための十分な知識や経験を持っておらず、リスクコミュニケーションによってコンセンサスを得ることは非常に難しい。危険の同定、リスクの評価、対策立案に至る原理と手順の確立が必要であり、これを実現するために、情報の確かさを診断するリスクの査定機能、リスクコミュニケーションのガイダンス機能、リスク管理のplan-do-check-actionサイクルを形成する機能からなるフラットフォームを構築した。大阪と和歌山で起こったダイオキシン汚染事故について実施したケーススタディの説明があり、住民が早い段階から参加して行政や事業者に要求を出すこと、行政が意思決定のプロセスを明らかにして住民に情報を提供すること、産業界が社会的責任を明らかにして住民の不安を軽減することが重要とのことであった。紹介いただいたシステムは、リスクコミュニケーションの場を提供し、コンセンサスの形成に役立つものと期待される。


(c)
リスクインフォームド規制の動向

(原研)村松 健氏

確率論的安全評価(PSA)は、炉心損傷に至るような重大な事故シナリオを同定し、その発生頻度と環境や公衆に与えるリスクを分析する安全評価の方法であり、この結果にもとづいて事故防止や影響緩和にとって重要な機器・システムを抽出することで、設計における弱点の補強、保守管理の合理化などを図ることができる。近年、米国等において、PSAによるリスク評価と従来の深層防護の考え方を組み合わせた安全規制(リスクインフォームド規制/RIR)の導入が進んでいる。講演ではPSAの概要とともに、米国におけるRIRの応用事例として、格納漏洩率試験に関する規則の変更、供用期間中検査の検査項目の優先度付け等をご紹介いただいた。また、我が国のPSAの活用状況として、アクシデントマネージメント整備に関する電気事業者の活動、原子力安全委員会による原子力安全目標の策定状況、等の事例をご紹介いただいた。会場よりPSAの分析対象の定め方について質問があり、安全上の意思決定に必要となる事象を対象としているとの指針が示された。今後、リスク情報に基づく規制の考え方を導入することで、個々の安全対策の位置付けを明らかにし、原子力安全の体系化がより一層進むものと期待できる。

(文責:兼本 茂、園田幸夫、佐久間正剛(東芝)