海外情報連絡会 平成20年度 第2回講演会 要旨

ロシアの原子力政策

エネルギー政策研究所長 神田 啓治 京大名誉教授

 
2008年度第2回講演会は、 高知工科大学にて日本原子力学会「2008年秋の大会」企画セッションとして実施された。 講演は千崎座長の司会により、 エネルギー政策研究所長 神田 啓治 京大名誉教授による「ロシアの原子力政策」と題して、 一般公開開催し65名の参加者を得た。以下、講演の要旨を紹介する。

ウラン資源開発の状況とロシアの原子力政策

 ロシアは再びアメリカと対立するかとのうわさもあるくらい資金力が豊富であるが、 その要因は、天然ガスの生産量、埋蔵量とも、ロシアが群を抜いて世界一であり、 北極圏のガス田を巡ってデンマークと開発を争っている。 昨冬には、ロシアがウクライナ経由で送っていたパイプラインを止めて欧州に大きな影響力を見せつけた。
 メドベージェフ大統領は、前・ガスプロム会長であったが、強硬派で怖いもの知らずとの評であり、 バイカル湖の周りで産する天然ウラン資源を日本に売らないよう、カザフスタンに圧力をかけている。 望月経産省次官がタイムリーにウラン資源獲得に動き、 東芝とアトムエネルゴプロムとの協力協定に立ち会ったのは大きな成果であった。
 カザフスタンは、旧ソ連時代の核実験場セミパラチンスクがあり、原爆実験の被害、後遺症の人も多く、 DS86被ばく線量評価において、核実験場周辺の住民健康影響調査などでも知られている。
 天然ウランの埋蔵量は、オーストラリア、カザフスタン、カナダと南アフリカの順である。  ロシアは、ウラン資源開発のプロジェクトチームを作って、カザフスタンの天然ウランの獲得に乗り出している。 天然ウランの値上がりに対して、中国のウラン資源攻勢はすさまじく、ウランの値上がりに拍車をかけている。
 ロシアは石油も生産量が第2位であるが、 天然ガス・石油資源は百年単位、原子力は千年単位、高速炉を考えれば3000年単位であると考えている。 資金があるうちに原子力中心のエネルギー政策に切り替えていこうとしている。
 ソ連邦時代の原子力技術は、今や旧ソ連邦の各国に分散してしまい、それを再結集しようと、 2007年11月25日に、モスクワで350人の関係者を集めて、 原子力利用を呼びかけ説得する決起集会が開催された。 当時、集められた中小企業の社長は、ソ連解体後の原子力の面倒を見なかったことに不満を示して、 国(ロシア)を信用できない状況であったが、人材不足、人材育成の重要性が訴えられた。
 今年6月25日から27日のATOMCON-2008では、「ロスアトム」のキリエンコ総裁(元首相)が講演し、 ロシアが資源による資金を獲得した今、どうしたらもう一度強国になれるか、 二大国のパートナーとなる時代が来てもおかしくない、そのためには原子力が一番であるという産業界への説得と、 ロシア原子力政策の決意表明を行った。

ロシアの原子力と日本の関係

 キリエンコ氏は2007年4月の原産年次大会で講演を行い、日本との協力を強く望んでいるというメッセージを発信した。同・7月にはアトムエネルゴプロム社が設立され、この会社は、採掘から濃縮、製造、建設まで原子力全てに携わる会社で、キリエンコ氏が会長となった。
 2007年11月10日のサンタフェ会議(ワシントンDC)では、米国から日本への要請として、日本製鋼所(JSW)・室蘭の生産増量が話題になった。JSWは、現在の14,000t水圧プレスを2010年までにもう一基増設することによって、原子炉圧力容器製造キャパシティを年間4基から8.5基へ倍増する計画を発表し、米国は原子炉圧力容器の日本への発注に安堵感を示した。
 フランスはサルコジ大統領の就任式の前後に、AREVA社を通じて、JSWの生産増量を強く要望してきた。AREVA社は、欧州型加圧水炉 EPR(160万kW)を建設中であるが、原子炉容器は三菱重工・神戸造船所・二見工場に発注している。このように大物機器は日本でしか製造できず、たとえば米国で取替えの始まっている原子炉容器上蓋は作れないし、原子炉容器についてもフランスは直径4.5m、米国は5mまでしか作れない。日本のように直径7mのものは作れない。100万kW級ABWRの大型の原子炉圧力容器は海外では製造できないのが現実である。このようにして、JSW室蘭工場には5年先まで製造予約が入っている。
 先のATOMCON2008では、世界の原子炉メーカーは5社、そのうち三社は日立、東芝、三菱の日本企業であり、特に大型の原子力機器の製造能力は日本にしかない。したがって開会のスピーチで、「ロシアは今何をすれば良いかと問われたら、ロシアは日本と仲良くすることです」との発言があったくらいである(笑)。このように、ソ連時代に比べて、機械製造技術は劣るので、日本への期待は大きい。
 また、ロシアの解体核の軽水炉利用への提案を行い道筋をつけたのも、第2回サンタフェ会議での神田提案であった。 これらのことから、ロシアはエルバラダイ IAEA事務局長のノーベル平和賞受賞の支援にも貢献することとなった。
 ロシアは、原子炉の輸出先を、具体的な基数を含めパキスタン、ブルガリア、ベラルーシなどと年度計画に定めて推進しようとしている。
 今年6月25〜26日、モスクワで開かれたATOMCON2008での来賓スピーチは、服部原産協理事長、ベラルーシのエネルギー大臣、カザフスタンのウラン会社社長の順番であったが、それぞれに司会者スパスキー氏(ロスアトム副社長)の解説が入り、ロシアが何を必要と考え何を重視しているかが良く判った。
 現在の日露協定(1991)では、知識の交換のみでハードは動かせない。現状では JSWの原子炉容器はロシア領には輸出できない。ロシアはインドに売りたい要望もあり、日露原子力協定は必須の条件であると考えている。
 米国は、ハリケーン・カトリーナの被害の復旧も終わらないうちに、グスタフの来襲で、大統領選挙の党大会が影響を受けているが、民主党では環境政策が強調されている。原子力は環境に良いと考えられているから、オバマ政権のエネルギー庁長官候補のモニッツ氏などは、原子力の優位性を増すためには経済性の観点から工期の短縮を熱望している。日本の原子力建設工期の現状・50ヶ月を30〜40ヶ月で建設できればバランスが取れるとの意向だ。島根3号機の例では、プレハブ式の制御室をバブコック日立・呉工場で製造し現地組み立ての大幅短縮を実現しており、工期短縮の効果は絶大である。
 ロシアは天然ガスと石油資源で金儲けして、原子力の技術と人材が残っているうちに、経済性に優れた原子力を再スタートさせたいとの希望があり、原子力は国際ビジネスになると期待している。基礎技術は未だ残っており、輸出産業と雇用の拡大につながると期待している。また原子力を長持ちさせるために、トリウム資源を狙っている。ロシアは高速炉の冷却材については、(耐震対策の心配がないので)Na冷却ではなく、鉛−ビスマスを研究している。現在、高速炉開発で一番進んでいるのはロシアで、BN−800が2012年運開をめざして工事中である。しかしNaの世界にも参加したいという意向で、日仏米のNa高速炉研究に参画したいと思っている。狙いは日本からの技術移転、人材が欲しいと思っているのである。
 別の例では、中国の三峡ダムの建設において、毎年何十人もの死者が出ていたのを、前田建設が工程管理を引き受けてから労働災害死者が出なくなったのは、日本の優れたノウハウであり、人材配置、管理技術などを日本から学びたいと考えている。

洞爺湖サミットと原子力

 英国は今春、原子力エネルギー推進への政策転換を白書として発表した。洞爺湖サミットがうまく行った理由のひとつは、ドイツの環境主義・再生可能エネルギー推進に対して、イタリアとスペインが寝返ったことにある。スペインは、G8に含まれていないが原子力をやると言い出して、ドイツにプレッシャーをかけた。ドイツは東ドイツの石炭産業を守るため再生可能エネルギーに力を入れて原子力に戻らない方針であり、EU内で嫌われている。イタリアもフランスの電力が高いのとフランスによる送電線買占めにあって原子力を再検討し始め、シェルパ会議が終わった直後に、スペインとイタリアが原子力サポートに回った。その結果、日本の主張3S(Safeguard, Security, Safety)を受け容れて原子力推進の方向に動き、洞爺湖サミットはうまく行ったと思う。
 ハイリゲンダム・サミットの前のE8(電力首脳会議)では、茅陽一氏と神田啓治氏が分科会の議長を務めたが、原子力は首脳宣言の主文に入らず付属書(attachment)にとどまった。今回の洞爺湖サミットでは、核不拡散のストーリィを入れて原子力を推進するという、3Sを含めて主文に入ったことは大成功であった。
 また、今年6月のロシアとの会合では、服部原産協理事長に対し、スパスキー・ロスアトム副社長が日露原子力協力協定の応援を依頼した。その後ロシアは2009年から2020年までの具体的な原子炉建設計画を示してきたものである。

会場からの質問

○ 日露協定と米露の関係について、ご教示いただきたい。
● 日露原子力協定は8月目途に進んでいたが、グルジア紛争で遅れが出ている。さらにロシアは、インドと米国の協定、インドと日本の協定を求めている。日本側は、ロスアトムから核兵器管理を分離するよう要求しており、アトムエネルゴプロム社が原子炉の製造、運転、管理のみを担当することになれば、進めやすくなると思われる。
 濃縮についてもデッドヒートの状況。米国はガス拡散法工場が寿命に達し、遠心分離器による更新を計画。日本原燃も遠心分離法であるが、ロシアは回収ウランの濃縮ができることを宣伝、遠心分離器の性能は劣るが基数は膨大にあり、電力も安くゆとりがあるから英仏での再処理からの回収ウランについても濃縮を引き受けると言っている。
 また米国は米印協定を進めているが、これは中国を牽制するためにインドを使いたいという意図が見えるものである。

以上