海外情報連絡会 平成18年度 第2回講演会 要旨

核不拡散と原子力平和利用の現状と将来の課題

千崎 雅生 氏(日本原子力研究開発機構 核不拡散科学技術センター センター長)

1. 最近の動向 

○昨今の核不拡散と原子力利用の国際情勢には、2つの大きな潮流がある。1つは原子力

 平和利用の拡大と、2つは核拡散問題の深刻化である。前者については、米国の国際原子力エネルギーパートナーシップ(GNEP)提案による再処理・高速炉政策の復活や新規原子力発電の建設計画・運転認可申請の準備など原子力再活性化の加速、中国、韓国、インド等の積極的な原子力発電建設計画とともに、フランスでも欧州加圧水型原子炉(PFR)建設計画が進む等、地球環境問題への対応、原油価格の高騰、エネルギー安全保障の観点から原子力平和利用が拡大しており、原子力利用ルネサンスと呼べる状況となってきている。一方、後者については、パキスタンのカーン博士による核の闇市場やイラン、北朝鮮の核問題、9.11同時多発テロ以降の核テロの現実化等、核拡散の深刻化が懸念される状況にある。

○原子力平和利用と核不拡散という視点から過去を振り返ってみると今までに3つの大きな

 転機があったと思う。最初は、50年前のアイゼンハワー大統領の”Atoms for Peace”に始まる原子力平和利用のスタート、2度目は約30年前のインド核実験やその後のカーター大統領の核不拡散政策の強化と国際的メカニズムの模索(ロンドン・ガイドラインや国際核燃料評価(INFCE)等)、そして3度目は現在の原子力ルネサンスへの胎動と、IAEAのエルバラダイ事務局長やブッシュ大統領、それを発展させた六カ国(米、英、独、仏、露、蘭)による「核燃料供給保証・多国間構想」提案等、NPT体制の新たな秩序への模索が始まったところである。現在の状況は、時代や背景も過去とは異なるが一方で類似の試みもなされており、過去と現在の状況や背景、対策を比較し分析した上で、現在なされている新たな秩序への模索について考慮すべき点等を述べる。

 

2. 30年前を振り返って

○1970年に発効した核兵器不拡散条約(NPT)とその直後のインドの地下核実験(1974)

 に対してフォード大統領の濃縮・再処理施設及び技術輸出の3年間のモラトリアム等、核拡散防止の強化を目的とした米国の原子力政策が発動された。

そしてカーター大統領は、1977年に再処理、プルトニウム・リサイクルの無期延期、高速

 増殖炉開発計画の変更と商業化の延期を打ち出し、また核不拡散法を制定し規制強化を

 進めるとともに、国際的にはINFCEや、ポストINFCEとして核燃料供給保証(CAS)等の

 議論がスタートした。

○この結果、米国内では高速増殖原型炉クリンチリバー(CRBR)や再処理施設が建設途上

 で放棄され、TMI事故(1979)の影響もあって、新規原子力発電所の建設が無い状態が続くことになった。日本では東海再処理工場の運転に対して米国の事前同意が必要とされたため、日米再処理交渉の結果、この施設を純粋プルトニウムを抽出しない混合転換法に改造し条件付で運転開始することとなった。

 

3. 30年前から現在へ

30年前から20年前は、原子力規制の強化、事故やトラブル等があり原子力開発は停滞であった。最近ここ数年くらいからは、地球環境問題、石油価格の高騰、中国・インド等アジアやエネルギー需要の増大のため、原子力への回帰が起こってきた。また米国、欧州も停滞していたが、回帰が起こっている。

○一方ベルリンの壁崩壊(1989)以降、米ソSTART調印、ソ連の崩壊(1991)、南アフリカやリビアの核兵器開発放棄、NPT加盟国の増加等核軍縮・核不拡散の動きが進んだが、同時に、他方ではイラクの核開発プログラムの発覚(1991)、北朝鮮の特別査察拒否(1993)、インドとパキスタンの核実験(1998)、9.11同時多発テロ(2001)、北朝鮮のウラン濃縮計画発覚(2002)・NPT脱退表明(2003)、パキスタンのカーン博士による核関連技術の流出発覚(2004)等核不拡散体制への挑戦となる新たな事件が発生し、NPTの抜け穴が認識された。

○米国においてもレーガン〜ブッシュ()政権においては、カーター政権に比べればより柔軟

 な姿勢を示した、即ち先進工業国とか原子力の技術が発展した国、あるいは友好国については再処理や高速炉を規制しないというものであった。クリントン政権下では、冷戦崩壊後の軍縮を優先、民生プルトニウム利用も奨励されず原子力開発は低迷した。2000年以降のブッシュ()政権下では、ユッカマウンテンでの使用済み核燃料処分の停滞による高レベル廃棄物問題、エネルギーセキュリティ確保や地球環境問題を背景に、包括的エネルギー政策法の制定や原子力2010プログラムによる原子力発電所建設の奨励を行うとともに、再処理・高速炉路線への回帰が選択される等転機を迎えた。

○このような中、日本は原子力施設のフルスコープ査察の実績を積み重ね、NPT下の非核

 兵器国で商業規模の核燃料サイクルを有する唯一の国家として、IAEAの統合保障措置適用資格を得た最初の国となった(2004年9月)。日本が統合保障措置の適用を受けるに至った鍵としては、@核燃料サイクルの明確な必要性、A核武装放棄への国家意思の明白性、B原子力計画と活動の透明性、C核不拡散規範の遵守、D核拡散防止や軍縮への積極的取り組み、等の要因が考えられるが、この日本の努力を原子力平和利用のモデルとして国際的に伝えていくことが非常に重要であると思う。また現在、原子力機構のMOX加工施設や再処理施設等にどのように統合保障措置を適用するかを議論しており、これが順調に進めば、その成果は、六ヶ所の核燃料サイクル施設へも反映されると期待されている。

 

4. 新しい秩序への模索

○IAEAエルバラダイ事務局長による核燃料サイクルの多国間管理提案(2003年)、米国

 等の六カ国による国際燃料供給保証の提案(2006年)等、新たな秩序形成への動きが

 活発化する中、20069月、IAEAは「21世紀における原子力利用の新しい枠組み:燃料供給保証と核不拡散」と題して特別イベントを開催した。エルバラダイ事務局長は「供給国と非供給国に二分するものでなく相互に助け合うことが重要、議論を進めて行くためのロードマップ作成が目的」と挨拶し、日本からも「IAEA核燃料供給登録システムの創設」を提案した。今後、燃料供給保証のメカニズムや商業市場との統合、廃棄物管理を含めた普遍的な多国間枠組みの検討等が必要であり(これらの検討項目は、30年前のCASでも議論されたものと類似している)、2007年のIAEA理事会で、政策的・法的・技術的な課題を議論し、勧告や中期的行動計画等を策定していくこととなっている。

○米国国際原子力パートナーシップ(GNEP)構想に関して、今年5月、文科大臣とDOE

 官は、米国核燃料サイクル施設の共同設計や先進燃焼炉の開発、保障措置概念の共同構築を含む5つの分野について協力していくことを確認した。またその後、米国は今年8月に従来の計画を、短期的な視点から2020年を目処に軽水炉再処理・燃料製造施設と高速実証炉の開発を進めるトラック1と、長期的な視点のトラック2に分けることとし、トラック1については米国内外の民間企業から関心意図表明(EOI)を募集、日本を含め米国内、仏国企業等がEOIを提出している。米国は、GNEPの対象原子力施設に対してIAEA保障措置の適用について言及している点は注目すべきである。

○NPT非加盟国インドと米国の原子力協力合意について、インドは運転中、または建設中

 の原子炉14基を将来的にIAEA保障措置下に置くといっているが、どのような保障措置が適用されるのかに関心が集まっており(現在、IAEAと協議中)、また米国・インド原子力協力関係の法案が上院本会議で合意されるか否か(すでに下院では合意)米国議会の動向が注目される。今後、米国・インド原子力協力が進展するならば、世界の核不拡散と平和利用の動きに対し大きな影響を与えることとなるのではないかと思う。

NPT体制の抜け穴への処方箋、方策として、原子力資機材等の輸出規制強化、核テロ

  に対抗するグローバル・イニシアティブとして米露共同声明(20067)、燃料供給保証

  構想、米国のGNEP構想等核不拡散と原子力平和利用を両立する有効な枠組みの検

  討など、新たな秩序の構築に向けた課題が議論されている。

これらの課題とその実現可能な対策を検討する場合、すでに述べた30年前の転機の

 際の国際的議論とその結果、並び現在の状況を比較しその反省点に立って検討していくことが重要である。

1つは原子力利用の潮流として、30年前は再び平和利用が国際的に拡大していくのではないか、当時はそれまで米国が主要な主導権を持っていたが、西独、日本、仏国、英国等が積極的な展開を開始し、途上国に向けに原子力の商談、輸出の話が始まってきた。他方現在もほぼ同じような状況があり、中国、インド等アジア、また欧州やロシア、そして米国も再びこれから積極的に原子力を展開していくという状況にある。

2つめは、世界的な核不拡散体制にとってどうなのかということ、30年前はNPT発効後間もなくの時代で、インドが核実験を行ってNPT体制の抜け穴が露呈し、1976年では約85カ国しか参加しておらず、新たな核不拡散体制への模索が始まった。カーター大統領の核不拡散政策や、それをきっかけとしてINFCE等が行われ、また輸出規制の強化ということでロンドン・ガイドラインの検討(原子力先進国の秘密会合として発足)が始まった。さらに当時の国際的な保障措置のみでは核不拡散が担保できないので、核物質管理について新たな国際的な所有や管理機構が必要ではないかといったような議論が行われた。他方現在、核不拡散体制について当時に比べて、NPT加盟国が189カ国で当時と比べて100カ国以上増えているが、インド、パキスタン、イスラエルが非加盟国であり、またイランや北朝鮮による核兵器開発の発覚があり、北朝鮮のNPT脱退や核実験を行うとの声明等NPT体制の揺らぎが露呈し、新たに体制を補填する、綻びを縫っていくための何らかの手立てが必要ではないかという議論、新たな秩序への模索が必要となっている。国際保障措置については、追加議定書という包括的に核の拡散を発見する仕組みが出来たが、この追加議定書を多くの国が発効(現在75カ国)するように働きかけていくことが重要である。

○米国の状況について30年前と現在はどうなのか。原子力の平和利用と核不拡散を考える上で、米国は非常に重要な国、過去も現在も依然として重要な国である。30年前、西側先進国の原子力産業の自立があり、そのために米国自身の国際競争力が相対的に弱体化していた。他方、米国はこれまでの核燃料サイクルを行わないという政策の影響等があり、原子力発電・産業についても非常に低調で、最近ようやく原子力を積極的に進めていくべきという論調になってきている。そのため他の原子力先進国との協力が必要ということで、GEN IVという国際的プロジェクトを積極的に推進し、またGNEP構想が出された。核燃料サイクル路線については、カーター政権時代、自らも核燃料サイクルを中止して使用済燃料の直接処分への転換を行い、その政策を世界的にも普及していくということだった。現在はその直接処分が進まず、再び高速炉・再処理の核燃料サイクル路線への回帰になっており、まったく反対の動きが出てきている。国際的な対応としては、当時はINFCE等のマルチの枠組みで規制していくことを模索していたが、それが成功せず、二国間関係の利用、あるいは政治的な圧力によって原子力平和利用を規制し、核の拡散を阻止していく方向が出された。現在は、再びマルチの枠組みを利用した新たな枠組みの構築を模索しており、また米国の同盟国・友好国を中心とした協力を進め核拡散問題に対処していこうとしている。今後の米国の政策動向がどういう方向となるかについては、政権交代の可能性もあり注意が必要である。

○また米国以外の原子力先進国については、30年前は自らの原子力推進の維持、即ち

 原子力開発は米国に近づいてきたのでそれを維持し、原子力技術を積極的に輸出していきたい、また石油危機のため原子力を積極的に推進したいということ等で、当時の米国核不拡散政策と対峙するという形になった(仏国、英国、西独、日本等と米国の対峙)。現在は、原子力先進国として英国、仏国、日本、そして露国も含めてステーク・ホルダーとして核不拡散の枠組みに積極的に関与しており、米国と協調しながらお互いに核不拡散に積極的に取り組んでいくという状況になってきた。日本としては非核兵器国・核燃料サイクル国として、一歩進めた積極的な取組み・国際貢献、即ち従来のリアクションから具体的アクションが非常に重要になってきていると思う。

○途上国については、原子力の平和利用の権利を制限されることに対しては反対で、これ

 は30年前も今もあまり変わらない状況であり、他方、現在ブラジルやアルゼンチン等原子

 力先進国の仲間入りをしようという国もあり、このような国の考え方は微妙な状況になりつつある。インドについては、30年前に核実験を行い、核拡散体制を揺るがせ、その結果各国はインドとの原子力協力を行わないという状況になっていたが、他方でインドをNPTの枠組みに組み込むべく働きかけを行っていた。しかし、パキスタンとの関係等政治的な問題で成功してこなかった。そして現在、米印原子力合意といったインドを原子力平和利用の枠組みの中に入れる、インドの核兵器所有を認めながら何らかの形で核不拡散への取り込みを図っていこうという、30年前の状況を覆す新しい動きが起こってきており、それがNPT体制にとって有益となるのか等について世界的に議論されている。

      30年前と現在の核不拡散と原子力平和利用を巡る状況は異なっているが、過去から現

在を学ぶ教訓として、上述の新しい秩序への模索に関し考慮すべき点としては、@新たな秩序を考える上で国家の主権をどこまで制限できるのか、出来ないとすればそれに代わりうる手だては何かAイラン・北朝鮮等の現在の懸念国に対して有効な手だては、新たな核拡散懸念国を出さない手だては、B国際的メカニズム内での意思決定手段として可能なものは何か、C保障措置の有効性の確保、D実体的な平等・不平等性への配慮、及びE米国の核不拡散・原子力政策の今後の動向注視、が挙げられると思う。

 

5. まとめ

 核不拡散と原子力の平和利用についての50年の歩みを総括し、NPTの発揮してきた成果の一方で「抜け穴」という状況が発生し、新たな秩序の構築に向けた取り組みが検討されている。過去の経緯を踏まえると、様々な要因が絡んでいるためすべてを一挙に解決できる処方箋は困難であり、国際的コンセンサスの得られる有効な各種の手立てを効果的に駆使していくことが重要。特に、原子力先進国であり非核兵器国である日本が、原子力平和利用国のモデルとして積極的なイニシアティブを果たすことが期待されている。

 原子力機構の核不拡散科学技術センターは、日本の平和利用を推進し、核不拡散政策を支援する中核的機関となることを目指すべく日々活動しており、上述したような原子力平和利用と核不拡散を巡る新たな秩序の構築に向けての取り組みについても、積極的な役割を果たしていきたいと思っている。