技術士試験の受験体験記

神田 僚司


1. はじめに

 技術士試験に合格し技術士としてのスタートラインに着くことができました。しかし、すんなりと最短期間で合格できたわけでもありません。この体験記がこれからの挑戦を目指す方々にとって、微力ながら励ましと参考&反面教師になれば幸いです。


2. 受験の決意

 技術士という資格があるのを知ったのは、雑誌等で技術士資格の21番目の部門として「原子力・放射線部門」が新設されるというニュースに接したときでした。インターネットで調べてみると“…技術者一人一人が組織の論理に埋没せず、常に社会や技術のあるべき姿を認識し…、また”…社会から信頼される個人としての技術者の存在が必要不可欠…“などの趣旨が述べられていました。大学卒業以来試験とは縁がなく、軽水炉関連業務一筋で過ごし”還暦“予備軍でしたが、原子力システム関連のトラブル、不祥事のこととなると、情報不足や担当外の技術内容であったりもして、まず身近な親戚・知人への説明・解説さえ十分・適切にできないもどかしさも抱えていました。

 追込まれないとなかなか行動に移せない性格です。原子力を専攻した以上、より適切な説明もできるように!この技術士試験を一つのきっかけにしてみよう!選択肢は自腹しかない!と無理やり自分を追い込んでみることにしました。


3. 試験準備

 調べてゆくうちに、技術士試験はかなり幅広い分野から出題され、短期間にすべてをカバーする準備は不可能に近い感触でした。試験対策はまず過去問題で自分のウィークポイントを把握し、特定分野に的を絞った対策を着実に実行してゆくことが早道かな?と思いました。

 第一次試験では、「適性科目」として“技術士法及び技術倫理”に関する知識を問う問題が出題され、この科目単独でも合格水準以上であることが要求されています。この「適性科目」は一般常識で回答可能な問題もありますが、この評価の存在が技術士試験の最大の特徴の一つともなっています。自宅でインターネットが自由に使える環境がありましたので、「適性科目」の関連情報を抽出し、模擬問題を繰り返すことで勘を養いました。「専門科目」に関しては、幸い原子力学会から模擬問題が公開されていましたので弱点を分析し、参考書籍(1)および(2)を購入し再確認すべき事項を調べ、足りない点は原子力百科事典「ATOMICA」でも調べることにしました。最少の負担を目指し、まずネットで調べ、やむを得ない場合は個人的に書籍を購入する方針としました。

 しかし、後で考えてみるとインターネットは体系だった知識の整理等にはプリントアウトやその整理に案外時間を要します。その労力と時間を考えると、早期に数冊の書籍を購入して手元に置いておく方がより効率的であったかも?と思います。因みに原子力関連の法規・指針等の参照はインターネットに頼っていましたが、必要時に目的の内容をすぐに探し出し得ません。最終的には、コンパクトに纏まっている参考図書(3)を第二次試験用に購入しました。購入後、学習の効率が上がったように思います。

 第二次試験では、試験願書に自分が受験しようとする「技術部門」、「選択科目」、「専門とする事項」および「業務履歴の箇条書き」を記入し提出ておく必要があります。そして、その記載内容に関して「口頭試験」の段階でもQ&A対象となるため、受験準備の早い段階から“自分の過去の業務”の棚卸・整理をしておき、願書用(案)を決めておく必要があります。

 最初の第二次試験で私は、それまでの実務経験から「選択科目」を“原子炉システムの設計及び建設”と盲目的に決め、第一次試験の終了後すぐに、いわゆる「業務体験論文」(注1)の素案作成に着手しました。素案は、“自分なりに創意工夫したと思う内容”の業務2件を抽出し、全文(案)を作成し、添削してもらいました。

 時間をかけた力作のつもりでしたが、“もっと高所から書く!一般の人にもわかるように!”などの貴重なコメントをいただき、構成を大きく修正し、推敲を重ねました。この作業は、第二次試験受験準備期間の半分以上を費やしたように思います。

(注1)平成19年度以降の試験から、この「業務体験論文」相当の内容は、口頭試験でのプレゼンテーション
    用「技術的体験論文」として、「筆記試験」合格後に提出する方式となっていいます。


4. 第一次試験(設問形式:基本的に5肢からの択一方式)

 「適性科目」、「専門科目」および「基礎科目」の各々が合格水準点以上であることが合格基準です(「共通科目」は免除)。模擬問題等に挑戦してみると、すでに“忘却の彼方”の内容も数多くありました。その正誤内容をも含め参考書等で逐一再確認し、各「科目」に偏りがないよう準備しました。試験は「適性科目」が午前、午後に残りが実施されました。全体から指定数の設問の選択かつ各設問は択一方式の試験でしたので、一読してピンとこない問題はパスし、特に題意を逆に取り違えてミスしないよう注意(適切なものを選択せよ、または該当しないものを選択せよ、等の相違)し、答案用紙提出前に再度このことを確認しました。

 約1週間後に正解が発表されました。自分で答案用紙に記入した回答結果と比較し、幸いにも受験番号や回答欄等への記入漏れ等がなければ“合格”らしいと思われましたので、早速、第二次試験用の「業務体験論文」の準備にとりかかりました。


5. 第二次試験

5.1 筆記試験

 本試験の特徴の1つとして、各設問に対し専用の600字用紙に“鉛筆で”筆記回答する事があります。これらは「業務体験論文」:6枚以内(H18年度までの試験制度)、「必須科目」:2〜3枚以内(選択“技術部門”の一般知識)」および「選択科目」:6枚以内(“選択科目”に関する一般専門知識)の3つでした。

 試験当日は準備不足と訓練不足で力が入り、昼休みまでには両肩がガチガチとなっていたことを鮮明に覚えています。とにかく最後まで挑戦してみましたが、試験終了後しばらくは放心状態でした。疲れました。後日、思い直して冷静に再現答案を作成してみると、何をどう判断して回答したのか?題意も十分に読み取れておらず、文脈のつながりも論理展開も再現できない箇所が多々ありました。また、制限枚数を満たす文書量も不足でした。B判定を1つもらい、案の定不合格となりました。 筆記試験の設問に対する“模範解答”を、一般的な書籍や文献上で見つけるのは通常困難と思われます。回答者個人ごとに違うからです。書籍や文献にある文章でなく、受験者本人が考えた論理展開でかつ解り易い文章であることが求められていると思います。即ち、該当分野の幅広く整理された深い知識と、それらを関連付けて表現する応用力・筆記力が必要と感じました。

 要再チャレンジです。しかし試験場の雰囲気や筆記時間の制限があると、技術的な論文の作成はすぐに上達しません。当初の意図に反してモチベーションも上がらない月日が続きました。そんな中で、昨年度にかなり年長の方が第二次試験に合格している情報に接しました。ガーンと殴られた気持ちでした。知らずうちに何かと理由をつけ甘えていたようです。思い直し、集中し再度勉強し直すことにしました。参考図書(3)を購入し指針・基準等をじっくり読みなおし専門以外の分野に関しても極力理解を深め、文章化できるように練習しました。原子力学会の模擬問題や先行年度の問題から課題を設定し、それに対する回答を制限時間内に書いては後で読み直して、その過不足・論点の飛躍等をチェックし、また何度も白紙状態から書いてみるなど反複訓練を重ねました。

 試験当日は書き易い筆記用具を準備し試験にのぞみました。「選択科目」の設問は、受験願書で記した「専門とする事項」から選べず、他の設計分野の問題を選択した結果となりました。平成19年度から試験科目や制限時間の変更もあったおかげで、以前よりは試験時間の余裕も確保でき、ある程度見直しも可能でした。再現答案を作成してみると、不適切な語句表現や誤りはあったものの、骨格は不合格時点よりはましと思いました。少し期待を抱いて、合格者発表当日の朝早くからインターネットにアクセスし、やっと受験番号の存在を確認しました。しかし、次の口頭試験で不合格となれば再度筆記試験からのやり直しです。もうこれ以上のモチベーションの維持は無理かな?最後のチャンスとしたい気持ちで一杯でした。

5.2 技術的体験論文(筆記試験合格後、口頭試験用に事前提出)

 平成19年度からの試験方法の変更で、筆記試験合格発表後、約10日以内に「技術的体験論文:A4版2枚以内」を試験センターへ提出しておくことになっていました。

 そこで、筆記試験終了後1〜2週間後に、プレゼンテーション(@視覚的説明資料、A論文構成が理解し易いなど)を意識し、過去の第二次試験「業務体験論文」で評価をいただいていた文(案)を見直しました。筆記試験合格者発表後、準備していた指定形式の電子ファイルをメールで送信し、その受付済状態をWEB上で確認しました。

5.3 口頭試験

 プレゼンテーションは常に苦手意識を持っていました。しかし、今度ばかりは“背水の陣”です。インターネット等で公開されている想定質問などに対して携帯に便利な手帳型メモを用意しました。空いている時間は悔いのないよう常に口をモグモグし、また発声による練習を約2ヵ月間積み重ねました。

 試験当日、試験開始時刻の5分前に当該試験室の前に行き、着席して呼び出しを待ちました。 事前提出の“技術的体験論文”などは読んでいると試験官から前置きがあり、すぐに事前提出の概要2件の口頭説明の要求で試験が開始されました。反復練習の成果で予想外にスムーズな説明を終え、次に関連質問が始まりました。しかし、想定質問として準備していた、筆記試験結果の反省点・改善案や技術士法などへの直接的な言及・質問がありません。気が付いたら45分が経過していました。時間配分の失敗かな?しかし、口頭試験に対する最善は出し尽くしたつもりです。後は天運に任せるよりしかたありません。

 不安を抱いて、合格者発表当日の朝5時からインターネットにアクセスしました。定刻に発表されません。半ばあきらめた数時間遅れで受験番号と氏名を確認できました。とりあえず、やっと一息です。



6. 技術士試験で得たもの

 当初の目的は、専門分野以外の知識も自分なりに吸収して、問いに答えられるようになろうと考えていました。しかし設問や課題に対する“論点”や“解決策”へのアプローチ方法・構成力・表現力は、専門分野に限っても、思っていたほどに自分の実力や柔軟性が伴っていなかったことを改めて思い知らされました。 “技術者倫理”や“技術士の役割”を咀嚼することで新しい視点に目覚めました。費やした労力以上に、今後に生かせる貴重な体験が得られました。

 井の中の蛙にならず、外部からの評価を通じて、自分を正しく認識することも常に必要です。客観的な試験を通じてのみしか得られない要素もあります。技術士試験は最低でも2カ年を必要とする長丁場の挑戦が必要です。技術者の育成には長期的な視点からの投資も必要でしょう。チャレンジする者の負担・労力を極力低減しより早く達成させるため、受験を積極的にサポートする社内制度・職場環境も是非必要かなと思います。

 日常の会社業務と試験準備との並行作業に躊躇される方もいらっしゃると思います。成長するためなら、一度や二度の失敗も “肥やし”や“勲章”です。体力・気力のあるうちに敢えて新しい世界へ一歩を踏み出す勇気とその行動が、現状の業務を遂行しまた改善してゆく上でも、何倍ものパワーとなって跳ね返ってくる感じがします。

 個々の技術者がより大切にされる社会、技術者が社会の各節目で必要なチェックをしてリードするしくみが、これからの社会・地球環境の維持・発展に必要不可欠ではないかと思い始めています。今後のCPD(Continuing Professional Development )の一歩をやっと踏み出すことができそうです。


7. 参考図書及び主なインターネット検索先

 最近、下記(13)〜(17)のような原子力に関する教科書的な書籍も出版されている。技術士「専門科目」の設問も、原子力プラントの種々の分野の技術者を対象とし、より幅広くカバーする出題傾向がうかがえる。日ごろ接している知識以外の関連情報の獲得・理解が必要な場合には、これらの書籍が参考となるかも知れない。

(1)放射線概論(第1種放射線試験受験用テキスト) 改定5, 樺ハ商産業研究社, 2004年4月
(2)原子力がひらく世紀 -改定版-, 日本原子力学会編, 2004年3月
(3)原子力安全委員会指針集 -改定12版-, 大成出版社, 2008年3月
(4)原子力百科事典「ATOMICA」, http://www.rist.or.jp/atomica/
(5)発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(省令62号)と解釈に対する解説, http://www.jnes.go.jp/database/kaisetsu.html
(6)原子力のすべて, [原子力のすべて]編集委員会編, http://www.aec.go.jp/jicst/NC/sonota/study/aecall/
(7)原子力安全白書, 原子力安全委員会, http://www.nsc.go.jp/hakusyo/hakusyo_kensaku.htm
(8)原子力白書, 内閣府原子力委員会, http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/index.htm
(9)WEBラーニングプラザ-技術者Web学習システム-, 科学技術振興機構, http://weblearningplaza.jst.go.jp/
(10)技術士試験「原子力・放射線部門」対策講座, 原子力eye, 各年度の連載記事
(11)技術士を目指す人のために, 日本技術士会 原子力・放射線部会ホームページ, http://www.engineer.or.jp/dept/nucrad/open/index.html
(12)原子力 -自然に学び、自然を真似る-, ERC出版, 藤家洋一, 2005年6月
(13)軽水炉発電所のあらまし-改定第3版-, 原子力安全研究協会, 平成20年9月
(14)原子力教科書 原子炉動特性とプラント制御, オーム社, 平成20年3月
(15)原子力教科書 原子力プラント工学, オーム社, 平成21年2月
(16)原子力教科書 原子力熱流動工学, オーム社, 平成21年3月
(17)原子力教科書 原子炉構造工学, オーム社, 平成21年4月

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